私は夜が好きだ。夜という時間帯の持つ、暗くて不気味で、それでいて神秘的な雰囲気が大好きだ。
どれくらい好きかというと、親が眠った頃を見計らって、夜な夜な家を抜け出しては人気の無い街をぶらぶらするくらいには。
いつもは誰もいない静かな街を、独り静かに楽しむだけなんだけど、今日は違った。
久しぶりに川の方に行ってみると、土手に立ってぼーっとしている人影があった。夜闇に溶け込むような、黒一色の不審者スタイル。けど、背はかなり低い。私みたいな非行少女、あるいは少年か?
向こうの死角に黙って立っていたはずなのに、向こうはすぐにこっちに気付いたらしく、こちらに振り向いてきた。お互い何か口に出すことも無く、黙ったまましばらくにらみ合う。
しばらく見ていて気付いたんだけれど、向こうは何か棒状のものを持っていた。それが何かは暗すぎて分からなかったけれど。
体感的に10分くらい経っただろうか。その間、こっちも向こうも全く動かなかったのに、突然向こうが動いた。というより消えた。気付いた時にはすぐ近くまで迫っており、持っていた棒状の何かで殴りかかって来た。どうにか躱せはしたけれど、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。そこに容赦なく追撃が入ったけれど、それが肩に直撃する寸前で、その攻撃はぴたっと止まった。慣性はどこに捨ててしまったの、って感じの動きだった。
「……情けないな。本当に能力者?」
「……はい?」
声質的にどうやら女の子らしいその子の口から、変な言葉が飛び出してきた。
「え、だってお前だろ? 左目の下の泣き黒子に、肩まである茶髪。体型はどちらかというと痩せているかなってくらいの標準体型。身長は160無いくらい。特徴は全部合ってると思うけど……」
「いや、何の特徴?」
「トモちゃんが言ってた、新しい仲間の特徴」
トモちゃん。知らない名前が出てきた。
「まあ良いや。ここで出会えたのも縁だ。ついて来て」
彼女の有無を言わさぬ態度に流され、ついて行くことにした。
今日推しが卒業を発表した
そのことを知ってからタイムフリーで追いかけることしかできない自分に今日ばかりは腹が立つ。
アイドルを好きという人はいるが、よっぽどアイドルを目指していない限り、尊敬していると言う人はそうそういないんじゃなかろうか。
正直、彼女に出会わなければいくらドルオタと言えど、生き方を尊敬するなんてことを思わなかったんじゃないかとさえ思う。
「真ん中だけがアイドルじゃない」
「王道じゃないアイドルが市民権を得るまで」
彼女はいつも惜しみない努力と数え切れない希望を僕らに見せてくれていた。
彼女は功績を自分のものとはついに一言も言わなかった。
感謝を必ず述べ、レギュラー番組の告知は必ず主語を複数形で書かれていた。
求められることに全力で応える。
口にするのは簡単だし、誰だってそのつもりでいるだろう。
でも彼女は誰かが望むこと、それがたとえ少人数でも、手が空けば、可能ならば必ず応える。
「王道じゃないから」
そんな言葉は彼女になかった。
最後までそれを突き通し、メンバーを思い、リスナーを思い、関係者を思い、全ての人を尊重した彼女はかっこよかった。最後までかっこよかったんだ。
こんな感情はなかなか出会えないだろう。
ならば今、僕がすべきことは悲しむことや縋ることじゃない。
はじめて尊敬したアイドル、
彼女の新たな門出を前向きに送り出すこと。
彼女の意志を尊重したい。
彼女の真意を少しでも汲める自分でありたい
そういうファンであることが
彼女を尊敬する者としての礼儀だと思うから