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なんか変?

ここで言うべきことじゃないかもだけど、障がい者の自分は障がい者として生きる限り“仕事を選べなくて当然”なのだろうか。
もう時間がないし、親にそうすべきとやんわり言われているし、健常者と同じように就職できたとしても必ずしも配慮されるとは限らないし、きっと就職したら足手まといになって邪魔がられるから、という理由で障がい者雇用での就職を目指しているけど、そうすると“事務職”ぐらいしか選択肢がないんだよ。
でも大学で世話になっている障がい学生支援室の人は「どういう仕事がしたいの?」って訊いてくるから、「障がい者雇用で事務職に就くしかない」状況って若干おかしいのではと思うようになってきてる。
もちろん「事務職しか選択肢がない」状態は前々から気づいていたから、選択肢を確保するために普通に就職しようと思ってた。
だけど大学やマイナビ主催の就活イベントに参加してみると、健常者と同じように就職したら足手まといになって最悪クビにされるかもって思っちゃって…
だから“確実に配慮してもらえそうな”障がい者雇用を望んだ。
でもやっぱり“興味”のためなら自分を犠牲にする方がいいんじゃないかって思う。
障がい者雇用はやってる企業があまりにも限られている(自分が憧れるような業種に限ってやっていない)から、そもそも働き口が限られているのはわかっているけど、やっぱ選択肢が少なすぎるのは変だよね…?
それとも、そう思う自分がおかしい⁇

やっぱり、この現実はまだ障がい者と一緒に働きたくない大人が多いのかな。
てか、もういっそのこと長年の夢であるマンガ家を本気で叶えにいく方がマシな気も…?

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自己分析楽しいかも

就活で今企業の志望理由を考えているんだけど、その前段階の“自己分析”がちょっと楽しい。
前に“自分史”を作ったときに過去を思い出すのがツラすぎて心折れちゃったせいで“自己分析”が全くできてなかったんだよね。
でも企業の志望理由を考えるためには自分がどういう存在であるかわからないと書けないことに気づいたから、それで今さらやってるんだ。
とりあえず“自分史”作り以外の方法でネットを探したときに“過去に楽しかったことや頑張ったことを深掘りする”作業をやってみたら、結構楽しかった。
多分自分がポジティブな感情になった瞬間だけを思い出して、そのときの感情の理由をひたすら掘り下げていってるからあまり悲しい気持ちにならない(自分の人生は普通なら何度立ち上がれなくなっててもおかしくないくらい過酷だと周囲に認識されている)からだと思う。
自分の思いを掘り下げると意外とこういう一面(例えば意外と向上心があることとか)もあるのかと思ったり、自己分析した上で企業のHPを見ると「こういうところに自分の長所を役立てられそうだな」とかわかって志望理由が書けそうな気がしてくる。
なにより自己肯定感が上がるから、就活生はやった方がいいかもね〜。