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人間は見えない部分を補完しようとする。見えない部分を美化するのを理想化という。

 夜勤明け、駅で立ち食いのうどんでも食べようと歩いていたら、納豆の精がロータリーで若い男の車に乗り込むのが見えた。髪をおろしていたので、人違いかと思ったが➖妖精だから人違いというのはおかしいが➖やはり彼女だった。わたしにはまったく気づいていないようだった。
 自宅に戻ると、納豆の精が部屋着姿で床に座り、こちらに背を向け、電気ストーブにあたっていた。
「男といただろう」
 わたしが言うと、納豆の精はゆっくり振り返り、「友だちと、朝までカラオケしてたから、迎えにきてもらったの」と、不自然なトーンでこたえ、電気ストーブに向き直った。
「つき合ってるのか」
「つき合ってないよ。つき合ってたとしても、そんなのあなたに関係ないでしょ」
 今度は振り返らずに言った。
「出て行け」
 わたしは言い放った。すると、再び振り返り、寂しげな笑みを浮かべてからストーブに顔を戻した。わたしは服を着替え、ベッドに入り、「いまのは嘘だ」と言って電気ストーブのほうを見ると、納豆の精は消えていた。
 三日後、わたしは腸炎になった。きっと納豆の精がいなくなったせいだろう。

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