「お前さん、最近何かあったのか?」
「えっ」
わたしはどきりとして、師郎の方を見やる。
師郎は目線だけわたしの方に向けて、いや、なぁ…と苦笑した。
「今日はいつもの時間帯にいつもの場所にいなかったから、個人的にちょっと気になって」
師郎はそう言ってペットボトルのフタを閉める。
わたしは師郎に自分の考えを読まれたと思って焦ったが、そうでもなかった事が分かって心の中でホッとする。
「…別に、今日はたまたまだよ」
ちょっと家を出るのが遅かっただけ、とわたしは作り笑いを浮かべた。
師郎は…そうかい、とだけ言って、クレーンゲームの台の前ではしゃぐネロ達の方に目を向ける。
わたしは”ヴァンピレス”との事を彼らにバレなくて済んだという事で安心していた。
何せ、彼女にこの前会った事や”提案”の事をネロ達に話せば、わたしの記憶は奪われるのだ。
君が見せてくれる景色はいつだって
穏やかで暖かい色をしている
目覚めて見た海も
やけにかわいい丸い石垣も
ふわふわしたサボテンだって
根強く思い出に染み込んでいる
本当に君がいてよかったと思うよ
大事なものが崩れそうな夜も
君が寄り添ってくれたから
私は眠れたんだと思う
途切れない絆に私はずっと救われているよ
板挟みになって悩んじゃうこともきっと絶えないけれど
君はいつも私のともだち
なんでもないことでいつまでも笑っていたいね
心はコップ
「辛い」をどんどん注がれて
溢れそうでも注がれて
溢れていても注がれて
どんどんどんどん注がれて
『頑張れば何とかなるんじゃない?』
その言葉がコップにヒビを入れる
『どうしたら少しでも楽になる?』
その思いがコップを小さくする
いつしかコップは割れてしまう
溢れたコップはどうにかなるけど
割れたコップはどうにもならない
割れたコップは破片となり
身体中を傷付ける
溢れて行き場を失った「辛い」は「無」となり
身体中を黒く染める
こうしてヒトは壊れていく
心はコップ
「辛い」をどんどん注がれて
溢れそうでも注がれて
溢れていても注がれて
どんどんどんどん注がれて
いつしか心は消えていく
闇を知っているから
光が自身を包むの
だから朝が来るんだ
闇があるから
地球の影の部分を守る私が
光を
浴びれるんだ
だから周るんだ
今年も渡せないチョコ
ずっとね、渡せないままなんだ。
こんなにも好きなのに、ね。
夢
現
布団に潜り眠りに落ちて夢を見る
幸せ
紛れ
定時刻に目が覚めて今を見る
日の光
ある種の絶望
わたしがネロ達と合流して、ショッピングモールのゲームセンターへと向かって暫く。
ネロと耀平は先程言っていたぬいぐるみのクレーンゲームの前でコントロールレバーを操作して、中のぬいぐるみを取ろうとしていた。
あーでもない、こーでもないと2人が言い合い、その様子をクレーンゲームの台の横から黎が微笑ましそうに見ている。
そんな光景を、わたしはクレーンゲームのすぐ側にあるメダルゲームの台の近くから眺めていた。
「おー、やってんな~」
ふとそんな声が聞こえてきたので、声のするわたしの右側…ゲームセンターの入口の方を見ると、近くの自販機で買ってきたらしき緑茶のペットボトルを持った師郎が近付いてきていた。
「まだ取れてないのか?」
ぬいぐるみ、と師郎がわたしに尋ねるので、わたしはまぁ、うんとうなずく。
「あれ、結構取りにくいみたい」
「そうかいそうかい」
師郎はそう言いながら緑茶のペットボトルを開け、中身を口にした。
騒がしいゲームセンターの中で少しの間わたし達2人の間に沈黙が下りたが、ふと思い出したように師郎が、なぁと呟いた。
ロマンチストな君は急に言い出した。
寒いのに、とリアリストな私は返した
君はそれでも見せたいんだと
渋々私はついていった
道中の空気は悪かった。
眺めているだけだった。
とりとめもなく会話もせず
それでも君はにこにこしていた
車が止まって、外が急に変わった。
零下の満天の星、
輝く幾筋の光、目下に広がる街明かり
この景色を見せたかったんだと君は言う。
リアリストな私でも今日だけは
ロマンチストになっても良いのかな
きっとこの気持ちもこの星空も
君の無邪気な笑顔のせいだろうから
「なんかあった?」
ネロの急な質問に、わたしはえっ、と飛び跳ねた。
「な、何って…」
「いやー、いつもの場所にいなかったからどうしたのかなーって」
ちょっと気になっただけ、とネロは呟く。
わたしは今の悩みが見透かされた訳ではないと分かって内心安堵したが、いつものようにショッピングモールの屋上に行かなかったことを若干不審がられているようで不安になった。
今日、ヴァンピレスがわたしに会いに来るということで、ネロ達に迷惑はかけられないと彼らに会わないよういつもの待ち合わせ場所に行かなかったのだが…やっぱり会ってしまう時は会ってしまうらしい。
地方の街だから仕方がない…そう思いつつ、わたしは何でもないよと作り笑いで返した。
そう?とネロは不思議がったが、すぐに耀平が、そうだネロ、ゲーセン行こうぜ!と声をかける。
「この前ネロが取り損ねたぬいぐるみ、また取りに行こう」
「そうだね!」
耀平の提案に、ネロは明るく答える。
それを聞いて師郎は、じゃー行きますかねと後頭部に両手を回し、その隣で黎はうんうんとうなずいた。
それを見てネロは不意に、あ、アンタも行く?とわたしに尋ねる。
わたしは急な提案に驚きつつも、とっさにそうだねと答えてしまった。
「…じゃ、行くか」
ネロがそう言って歩き出すと、耀平、黎、師郎が彼女に続く。
わたしもそんな彼らに続いた。
私は星の子プリン
みんなの優しさで出来てる星だょ
大きな、大きなユリカゴなんだ
みんなを包んで温めてるんだ
その上、記憶力の低下は著しい。
必死で覚えた英単語や趣味だったギリシア語、難解な漢字熟語などは相当忘れてしまった。義務教育レベルの世界史も曖昧だ。
中でも固有名詞に関しては深刻である。
例えば、毎日の通勤に使った駅の名。愛読した書物の題名。よく飲みに行った同僚や高校時代からの旧友の名。気付いた頃には思い出せなくなっていた。今の、コマ=リャケット語を操る私にとっては馴染みなく規則性も意味もない文字列であるからだろうか。思い出せた名は全てリストアップした。あまり多くはなかった。家族、親しい親戚、何人かの友人。
しかし日を追うごと名前と顔が一致しなくなった。
出来事の記憶はあるが、それが誰との記憶だったのか、思い出せない。読者諸氏には、大事なことは何度も思い返すことを強くお勧めしておく。
最近、私を産んだ異形の顔を見て、私は泣き崩れた。
私の頭の中に、前世の母の顔がないことに気付いてしまったのだ。
私の思い描く母親像は、全長二メートルの、硬い鱗に覆われた、鋭い爪の、大蜥蜴だった。私は名前のリストの一番上の『家族』の欄を確認した。不器用な文字の羅列は、私の全く知らないものだった。
その瞬間、私は、私が人間である資格を完全に失ったように感じた。
否、今まで醜く足掻いていただけで、実際はこの世界にコマ=リャケットとして生まれ落ちた時点で私は人間である資格を喪失していたのだ。今まで認めようとしなかっただけなのだ……。
これからもっといろいろなことを忘れていくだろう。いつか日本人としての精神を失いコマ=リャケットの倫理に迎合せざるを得なくなる日が来るかもしれない。日本語もいつまで覚えていられるか分からない。今残っている記憶のどこまで忘れてしまうかも不明だ。
だから私は、今のうちに、私が覚えているもの全てを書き残す。
いずれここに記したことの一切を誰も解読できなくなったとしても、所詮私が、人間の振りをした化物であったとしても、私がかつて人間として、日本人として、生きていた証左となるなら。
×年×日 橋田勇作
お料理、お菓子作り
スノボー
お友達と電話
香水収集
神社巡り
です。
何かに操られている
僕たちは
冷たい床に座り込んでいる
首を傾げた子どもが
潤った目で
見つめてくる
意図なんてしてないのに
勝手に身体が動く
誰かの声がして
僕はそこらへんに
届きやしない
この聲は
一人でずっと抱えてる
空の世界は思ってるよりも
広いから
もう縛られたくないや
誰かに遊ばれてる
僕たちは
狭い部屋でギュウギュウになってる
いつも僕を掴んでる子どもが
輝く目で
睨んでいる
思ってもいなかったよ
まさか此処で会えるとは
そう思う間もなく
君は連れ去られていった
伝わりやしない
この望みは
いつしか僕の肩の荷に
此処だけが全てだと思ってた
でも知ってしまった
抜け出したい
せめて魂だけでも
自分の足で立ちたい
飛び回りたい
こんな世界はもう嫌だ
こんな世界を抜け出したい
風に揺られて歩く夜道。
ポッケに手を突っ込んでひとり歩く。
街灯の光しかないこの夜の町でひとり自由に進む。
夜は、自由に歩いていてもなにも言われない。
逆に日が出ている時は目立っちゃうから変な人って思われるけど
夜は暗いから見えないんだ。
人の目を気にせず自由に歩ける。
周りながら、大きく手を広げながら。
音楽をかけながら夜道を歩く。
落ち着くんだよな。これが
周りに惑わされて、周りを気にしなきゃいけない
矛盾と混沌な世界で生きてる僕。
繊細な糸の塊のような僕は、すぐちぎれそうになる僕は
今、夜道を歩いてる。
これは独りじゃないただ1人の休息時間なんだ。
あれ?いつの間にか海近くに来ていた。
座れそうな崖に腰掛けて暗い静寂な海を眺める。
波の音を聴きながら。
真っ暗な世界のこの景色が
張り裂けそうな今の僕の心を浄化してくれる。
ずっとここにいたい。ただここにいたい。
しかし人気のない人の気配もない僕しかいないこ夜道をまた歩く。
また、現実を生きないといけないのか。
いやだな。このままずっとこの時間が続けば良いのに…
だけど僕はまた歩いていた夜道を歩く。
また来ようと思いながら。
それから3日後。
あっという間にヴァンピレスがわたしにあの”提案”の返事を聞きに来る日が来てしまった。
この3日間、わたしは期末テストの勉強をしつつヴァンピレスへ対する返事を考え続けていたが、考えれば考える程に頭がこんがらがってきていた。
そもそもの話、なぜヴァンピレスがわたしなんかに”提案”なんてものをしてきたのだろう。
こんな異能力を持たない平凡なわたしと手を組んで、彼女が本当に得をするのだろうか。
彼女は『あなたもわらわも損することはない』だなんて言っていたが、正直言ってかなり怪しい。
あの他人の異能力を奪って回っているヴァンピレスの事だから、きっと裏があるような、そんな気がした。
…そう考えながら、わたしがいつものショッピングモールをぶらぶら歩いていると、不意に前方からあ、と聞き覚えのある声が耳に入る。
わたしが顔を上げると、数メートル先からネロ、耀平、黎、師郎が近付いてきていた。
「あ、みんな」
わたしがそう言うとネロが、そういやアンタ今日はいつもの場所にいなかったなと思い出したように声をかける。
違う、違う、違う、 違う
違う、そうじゃない、それじゃだめ。
違う、そういうことじゃない。
なに、なに、なに?
そんな態度じゃない、そんな言葉求めてない、
おまえは一体誰?何?何も知らないじゃん、知ったふりして、そういう言葉、違う、
やっぱりあなたじゃないと
全然たりない
あなたからの愛がたりない
満たされない
あの日の僕が
君に言う
空は限りなく青いと
また嘘をついた
僕は未だに
黒い「本当」に覆われてる
遥か遠い場所には
輝くものがある
想い出すんだ
あの頃の光を
懐かしいものが今も
此処に届いている
星を見て涙した日を
忘れぬように
そっと手を伸ばす
また陽が昇るのを
待ち続けると
僕は残すから
あの日の記憶が
目を覚ます
まだぼんやりしてるけど
まだ嘘をついてる
僕は今日も
布団のなかにくるまってる
誰も知らない場所には
大切なものがある
想い出すんだ
あの頃の君を
懐かしいことが今も
此処に残ってる
空を見て笑った日を
忘れぬように
そっと手を伸ばす
またあの風が吹くのを
待っているからと
僕は守るから
未来の声が今も
此処に聞こえてる
夢を見て泣いた日を
忘れぬように
ずっと大切にしていたい
いつか君が来るのを
待っているからと
僕は歩むから
僕は逢いにゆくから
前回は、リアクションをたくさんいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
ただし不満がない訳ではない。
例えば宗教学的に見れば、宗教は古代的なアニミズムがあるようだが、立派な神殿や聖典、確固たる教義は存在しない。
御天道様にお祈りを捧げる、埋葬する、といった文化はある。しかしキリスト教をはじめとする前世に存在した宗教、また街の方の宗教のような、支配と結びついた宗教ではない。一神教と支配について好んで学んだ身としては非常に残念である。
人文科学の点から見ても、我々の使用言語にはそもそも文字がない訳だから歴史研究や文学の発展もないに等しい。勿論口伝の神話や寓話は存在するが、それ以上の『文学』は私が見たところ存在しないようである。私は前世、本、殊に文学や古代史書、天文学書をよく好んで読んだのでその点落胆した。
また、コマ=リャケットには文字がないと述べたが、文字を覚えられる者が殆どいないのである。
集落の中で公用語を話せる者は一割程度、その上記述が可能な者は一人といった具合である。それにはやはり鱗と鋭い爪で武装した使い勝手の悪い指という身体的な特徴の原因もあるが、主な理由としては知能の低さにあるであろう。
元は人間である私も今では立派にコマ=リャケットである。知能の低下に抗う術は持っていなかった。
まず思考力が低下していることが分かった。計算は随分遅くなった。小学生の頃と比べてもあまりにも遅い。
それに、高校や大学で当然に説明のできた理論が理解できなくなった。知能の低下に気が付いたときに一つ一つ確認したところ、虚数が理解できなくなっていたのだから驚きだ。
補足しておくと、コマ=リャケットの脳機能は十年程度で成熟する。私が他の者よりも極端に知能が低い訳でもないようだ。
一体街はどれほど文明が進んでいるのかと思い行商の者に話を聞くと、あちらでは動力のない巨大な馬車が轟音を上げながら走っていると言う。恐らくは蒸気機関車であろう。電気が通っているかどうかは測りかねる。今の私にとっては灯油ランプと電気の違いを彼らに説明することは困難なことだ。
彼らの話を総合すると、どうやら街は、あるいは人類は産業革命時程度の文明を持っているようだ。
街の亜人らは魔力を持ち魔術を操るので産業革命時程度だが、それらを持たぬ人間はより発展した科学技術を有している可能性が高い。コマ=リャケットの文明は未だ中世の農村共同体程度で止まっている訳だから、人類、殊に人間と比べれば雲泥万里というものである。
しかし、文明未発達といえども、周囲の生活に合わせていれば大した苦労はない。
コンクリート・ジャングルで時間に追われた生活をするのも、充実感に満たされていて嫌いではなかった。ただ、今の自然の中の共同体的な生活も悪くない。時間が悠然と流れて行き、それに身を任せる。
人の形をしているとはいえども分類上は爬虫類。子供は過酷な生存競争の中で生き延びねばならぬものと覚悟していたがそれも杞憂に終わり、成人するまで親の扶養を受け、誠実に秩序を遵守していれば成人したのちも集落の中で暮らすことができる。類稀な平和を享受しているように思う。
現在の私は幸福感で満ち満ちている。
手を伸ばすだけでなにも掴んであげられなかった
ただこの膨れ上がった親愛だけが頭を掠めて
それを伝えるのも重荷になるのが怖かった
君がいてくれればいい
君はひとりじゃない
ふたりっきりでもない
愛されていることに気づいてて欲しい
今はただそんなに言葉を残すことすら躊躇われて
小さく呼吸を零すように ひとりごと
ねえそれでも 届くといいな
君を大切に思う私がいること
生きてる意味になっていて欲しいな
「わらわもわらわで急な提案をしてしまったし、困惑されるのもどうしようもないし」
ヴァンピレスはそう言ってブランコの柵の内側から外側へ歩き出した。
「とりあえず、貴女に3日あげるわ」
ブランコの外へ出た所で、ヴァンピレスはふと足を止めて呟く。
わたしは3日?と聞き返した。
「そう、3日」
今度の日曜日にまた貴女に会いに来るから、それまでに返事を考えておきなさいとヴァンピレスはわたしに背を向けたまま続ける。
わたしは…はぁ、と答えるが、ヴァンピレスはあ、と呟いて不意に振り向いた。
「もちろんこの事は他の人に相談しない事よ?」
例え相手が異能力者であっても、とヴァンピレスはにやりと笑う。
「もし他の人に言ってしまったら、貴女も記憶を失ってしまうでしょうから」
ヴァンピレスはそう告げると、それではご機嫌よう~と後ろ手に手を振って、夜の闇の中に消えた。
呆然とするわたしだけが、その場に取り残された。
人ってのは
不思議なもんでさ
願ってても
分かりあえないんだ
この世界ってのは
可笑しなもんでさ
願ってても
止まりはしないんだ
今日もこの世には
たくさんの祈りが埋まってる
気づくまでは
変わりやしない
こんな世界でまだ
忘れられてしまう夢は
まだ生きてると
信じてる
人と人がすれ違い
近づいては離れてゆく
何かに気づけていない僕は
希望を探している
何かを探している
喜びってもんは
不思議なもんでさ
感じてても
そこには無いんだ
悲しみってのは
可笑しなもんでさ
感じてても
自分にはわからないんだ
今日もこの世では
たくさんの心が行き交う
気づくまでは
変われやしない
こんな世界でまだ
そのままでいる夢は
また見つけてもらえると
背を伸ばしてる
人と人が削りあい
得ては犠牲にしてゆく
大切を分かっていない僕は
誰かを探してる
見えないものを探してる
最近、よく歌詞を書いてて、この掲示板には初投稿です。良ければ、レスお願いします。これからも、たまに考えた歌詞を投稿しようと思ってるので、よろしくお願いします。
さて、この身体は元人間の私には申し分ない身体である。文明未熟の点、始めは不安を抱かざるを得なかったが、コマ=リャケットとして生を受けて九年、慣れてしまえば問題はない。
コマ=リャケットは三十人から五十人規模の小共同体を形成して殆ど自給自足で生活する。
我々は一般に魔物に分類されており、人類からは文明とかけ離れた存在として扱われているが、魔物にも文化や文明といったものは存在する。魔物としては人類文化からは学ぶことが多く、少しでも彼らの文明世界に追いつこうという心意気を持っておおよその人類とは親しくしている。
しかし人間はというとかなり鎖国的で、他種族との交流を持とうとしない。他の人類、例えばエルフや獣人、亜人すらも野蛮として扱っているらしく、人間の国にはとても近付けないという。
思えば前世における人間もそうして発展していった。
どの世界でも人間は愚かだ。
いや、魔物や獣人のような身体的な強さもエルフや亜人のような寿命も魔力も持たぬ人間が種を守り抜くためには致し方がないことなのだろうか、私が知らないだけで魔物や人類の国でも差別や戦争が蔓延っているのだろうか……。
兎も角も、私の浅い知見で判断できるものではない。
話が逸れてしまったが、そういう訳で、人間が国家を建設するように、魔物や人間以外の人類にも立派に国家があり、都市や市場がある。そういうところでは公用語や文字が存在するが、コマ=リャケットに関しては国家とは乖離した農村共同体的な集落を形成している。
年に二回、秋春に集落の行商男達が中央山脈とその向こうに横たわる大河とを超えて、人類の街に家畜や鉱石を売りに行き不足物、衣料品や物珍しい嗜好品を荷馬車一杯に買って帰ってくる。彼らがチョコレートやビスケットを買ってきたときは感嘆した。
「わらわ達をよく思わない者は、わらわが記憶や異能力を奪ってしまえばいい」
そうすればわらわ達は傷つかないし、わらわ達の扱える異能力も増えるわ、とヴァンピレスはわたしに背を向ける。
「と、いう訳でどう?」
貴女、わらわと協定を結ばない?とヴァンピレスはくるりと振り向いた。
「貴女もわらわも損することのない、素敵な協定よ」
ヴァンピレスの提案に、わたしは目をぱちくりさせる。
ヴァンピレスはあら、と首を傾げる。
「貴女、乗り気じゃないの?」
「えっ、あっ、いや…」
乗り気じゃない、というのがわたしの本心だが、あの恐ろしいヴァンピレスの前でそれを言うのはかなり気が引けた。
うっかりしていれば、何をされるか分からないし…
そう逡巡するわたしを見ているヴァンピレスは、もしかして迷ってらっしゃる?と聞く。
わたしはびくりと飛び上がり、あ、え、えー…と目を逸らした。
するとヴァンピレスは、まぁ仕方ないわと腕を組む。
もう行くときが来たのね。
はぁもう行かねば。
スーツケースを持って僕は、みんなと違う道へ行く時が来たようだ
もう準備できた。
よし、行こう。
大切な友達には別れを告げずに、去ろうか。
じゃあね。
じゃあね。
ばいばい。
僕にとって大好きみたいな友達よ。ごめん。
僕にとって大切ないつメンよ。ありがと。
でも言わない方が良いと思ったからさ
だからもう行くよ。
じゃあね。
じゃあね。
ばいばい。
あぁ、でもなんかやっぱ寂しいや。
楽しかったな。
まだ居たかったな。
あぁ、でもだめだ。
もう行かなきゃ。スーツケースを引いて。
じゃ、じゃあね。
ばいばい。
元気でね。
またどっかで会えたらいいな。
だけど会えないか。
どっかで会えるなんて奇跡中の奇跡だもん。
そんなこと考えないで行こう。
僕はスーツケースを引いて長年いた場所をあとにしていく。
じゃあね。
ありがと。
ばいばい。
さよなら。
私は人間を
生き物を守る
たとえ私よりでかい存在でも
それが大きな龍でも
壮大な宇宙も
私は皆に助けられたから、
この身を盾にして
守るから
君を知りたい
知りたくない
知られたくない
でも、知りたい
いや、知りたいかもしれない
甘い香りに誘われる花
ダフネ
この季節に咲く珍しい花だ
別名、沈丁花ともいう
まず、繰り返しになるが苦痛がなかった。全くの無とは勿論言えないが、直前のあの一瞬だけの痛みであるから、比較的宜しい。
次に転生を果たした。死後の恐ろしい無はなく、早死にの未練で現世にしがみつく怨みや何かはなく、両親より先に死んだ罪障もない。これは非常に宜しい。
また、今まで歩んできた人生のことを思っても文句はない。勤勉な父上の馳駆によって食うに困ったことはない。几帳面な母上によって家庭環境は整備され、私は幼少の頃より剴切な情操教育を享受していた。良師、良友にも恵まれ、国立大学進学も叶った。
就職も順調に行き、地方企業でプライベートを保障された独身貴族生活を送り、上司にも恵まれた。
私の周囲は人格者ばかりで、しかし私自身は大した劣等感もなく、万事上首尾であった。その中で死んだのだから、これは非常に宜しい往生である。これ以上の高望みは足るを知らなすぎるというものだ。
さて、転生したのちの話をしよう。
私は人間には転生しなかった。
人文学的には人類として分類されると言うが、生物学的には爬虫類として分類される。赤褐色の硬い鱗で身を包む、二足歩行の巨大蜥蜴。それが私の転生した高知能爬虫類コマ=リャケットである。恥ずかしながら異世界に知見がないため、現世でこれに当たるモンスターやクリーチャーを知らないのだが、読者諸君が想起しているもので正しいと思う。
語意的な話をすると、コマ=リャケットの言葉で、コマが『人』、リャが『蜥蜴』、エットが『大きな』の意を示す。
この言語では被修飾語となる名詞の直後に修飾語を追加していくが、『リャェット』は大きな蜥蜴という単語として存在しているため前記のように分けている。
前世で言うところの『c』の発音が『〜のような』を示すらしく、それでは種族の自認として『蜥蜴ではなく人間だ』というのがあるのかと始めは思っていた。しかしよく聞いてみるとコマの後にも『c』が付いていたので、どちらでもないというのが自認として正確なところであろう。
多分我々は蜥蜴も人間も大した違いのないように感じているのだとも思う。
読者諸君には突然で申し訳ないが、私は死んだ。
私にとっても突然のことだった。
駅のホームで、酩酊する青年にぶつかって、入ってきた通過電車に轢かれて死んだ。大した痛みはなかった。それは本当に良かった。自分は死というのは一体どのような心地であろうかと無意なことを人生の中で時折考えたものだが、そのときはいつも、できるだけ苦痛なく、かつて読んだ小説の主人公が思い描くような当にそのような死に方をしたいと思っていた。現実に死に際し、苦痛を伴わずに死ねたことには、神や仏や、もしくはそれ以外の死を司る者らに深い感謝の念を抱かずにはいられない。
とは言えども、その後が問題である。
人は死んだ後どうなるのか。様々な説が飛び交っているが、持論を言わせてもらうと、それらの説の殆ど全てが正しいと考えている。結局はどれに当たるか、という問題なのではなかろうか。それが偶然にしろ必然にしろ。
では私はどれに当たったのか。
私の場合は転生だった。
読者諸君の恐らく大部分が今頭に浮かべた『転生』の意で取ってもらって問題ない。巷では『異世界転生』といって、非常に大きな市場規模を誇るエンターテイメント・ジャンルの一つであり、若い頃には一度は皆憧れたであろうトピックである。私も幾分か読んだし、ある一作は我が短い生涯の愛読書となった。私は今、その渦中にいるのである。正直なところ、満更でもない。
確かに私は寿命を全うせずに死んだ。親の死に目にも会えないままだ。当然ながら友人らに挨拶して廻った訳でもない。やり残したこともここらある。
しかしながら、今のところは最大限に幸福だという自信がある。