教員はスクリーンを下ろし、プロジェクターを起動した。そこには依頼内容をまとめたスライドが映し出される。
「今回の事案は、県外某村への派遣依頼です。この中だと、おそらく君は知っていますね? 永江くん」
突然指名され、吉継は背筋を伸ばす。
「は、はいっ。俺の故郷っす」
「そうですね。土地勘のある君が参加してくれて、我々としても嬉しいですよ。さて本題ですが、皆さんにお願いしたいのは、準擬神格級怪異“八尺様”の討伐あるいは封印です」
“準擬神格級”――怪異存在の脅威度を測る指標段階の一つである。怪異存在の中でも強力で、一般人から畏怖と信仰を集める類の段階だ。これより上には、ほぼ神格存在と同列視されて伝えられる“擬神格級”がある。畢竟、“準擬神格級”は『上から二番目の強さ』なのである。
「“八尺様”はこの村で約470年前から存在が確認されている怪異存在であり、強力な妖力の持ち主です。しかし特殊な封印措置がされているようで、行動能力が大きく制限されています。そのため、皆さんでも十分に対処可能だと判断しました。幸いにも地元民の永江くんに経験豊富な秋津さん、専門的に学んでいる菅原くんが集まってくれたのですから、きっと解決できるでしょう。皆さんにはこの怪異の討伐または、より高度な封印措置を行ってほしいのです」
そこまで聞いて、王蕗が手を挙げた。
「はい菅原くん」
「“討伐”の方は良いとして……封印用の装備は?」
「それはこちらで用意しています。あとで菅原くんに預けておきますね。多分一番うまく使えるでしょうから」
「ってことは“道満式”か……? まぁ分かりました」
「ねー王蕗先輩、その“どーまん式”ってどういうやつなの?」
「えっと、雑に言うと『結界に閉じ込める』タイプの封印だね」
「はぇー。丁寧に言うと?」
潮と王蕗の会話が盛り上がりかけたところで、教員が手を叩いて制止する。
「話は後にしていただけると助かりまーす。続いて日程についてですが……」
その後、日程や持ち物、任務中の休校処理などについての説明が為され、オリエンテーションは30分ほどで終了した。
君の優しさは私の心をくすぐる。
君はいつも私に欲しい言葉を掛けてくれる。
その度に安らぎを得てるんだ。
知ってたかい?
常に君には感謝してるんだ。してもしきれないぐらいに。
ありがとう。
香水が好き
香り系が好き
最近ではせっけんの香りがするフレグランスが
お気に入り
私の定番だ。(本当は友達から勧められて気に入ったんだ)
Though the night is long and cold,
A glimmer of hope is what I hold.
(夜は長くて冷たいけれど
私はかすかな希望の光を胸に抱いている)
吉継が会議室に入ると、並べられた長テーブルには既に一人、小柄な少女が着いていた。
「おっ生徒~。ってことは今回の“演習”の参加者?」
「あ、うん」
「よろしく~。私は秋津潮、高2だよ。気軽に潮先輩と呼んでくれぃ」
「えっ」
潮の自己紹介に、吉継は硬直する。男女で体格差があるとはいえ、ともすれば小学生にも見えるほど小柄な目の前の少女が、自分より年上とは考えつきもしなかったのだ。
「す、すいませんタメ口聞いて……永江吉継、1年です」
「気にすんなよぅ。ほれ座りな?」
「あっはい」
吉継がパイプ椅子の一つに腰掛けて間もなく、再び会議室の扉が開き、女性教員が入室してきた。
「あ、高校生組はもう来てますね」
「“高校生組”? ってことは中学生も誰かいるんです?」
潮の言葉に、教員は首を横に振った。
「もう一人は大学生の人ですよー。時間的にまだ講義があるのかな……」
その時、入り口扉がノックされた。
「あ、来ましたね。どうぞー」
扉が半分ほど開き、青年が顔を覗かせた。しかしその位置が異様に高い。扉の上枠に頭頂を擦るほどの高さに頭が浮いている。
「あの……? 入って良いですよ……?」
教員に勧められて、青年は半開きになった扉の隙間に身体を滑り込ませるようにして入室してきた。改めて現れた彼は、想定より遥かに長身であった。先ほどは身を屈めていたようで、背筋を伸ばすと身の丈は2mを越している。なるほど屈まなければ部屋に入るのもままならないわけだ。
青年を見た吉継と潮の感想は、まったく同じだった。
「「……長ぇ!」」
「……君ら仲良いね」
「あ、いや初対面っす……」「うんうん」
「そう……仲良くなれそうだね君ら。僕は菅原王蕗。よろしく」
二人と握手をして、王蕗もまたパイプ椅子の一つに腰掛け、窮屈そうに身体を丸める。
「それでは、本事案の参加者が全員集まったので、説明を始めますね」
駅前のゲームセンターからほくほく顔で出てきた女性が一人。所謂“地雷系”と呼ばれる出で立ちで、クレーンゲームで勝ち取ったのであろう巨大なクマのぬいぐるみを抱える姿は可愛らしいとさえ評されよう。そんな彼女の前に立ち塞がるのは、黒服姿の青年。
「……こんな所で何をしている?」
「あ? 見りゃ分かんでしょ、今日発売の『ててまるくん』巨大ぬいぐるみ取ってたのよ。500円で取れたんだかんね。あたし天才」
「……問い直そうか。『業務時間中に』『ゲームセンターで』何をしている?」
「……サボり?」
男は溜め息を吐き、口調に苛立ちを隠すことなく続けた。
「ふざけてんの?」
「うるっせェなァ~~~! 別に良いだろうがよどうせ時間は腐るほどあんだからァ~!」
「腐るほどは無ぇわ! 猶予がどれだけあるかも分かんねえんだぞ!」
「お前こそ業務絡みの内容不用意にくっちゃべてんじゃねェよクソガキがよォ~!」
「この程度で規定に引っかかるかよバーカ! テメェの勤務態度の方が万倍引っかかるわボケが!」
女性は答えず、手にしていた『ててまるくん』を青年に叩き付けた。
「あーやめやめ! お前と話すと喧嘩しか起きねェ!」
「そっちが真面目にやってりゃ起きるはずの無い喧嘩なんだよなぁ!」
「るっせ、先輩サマに説教なんざ1年早いんだよォ」
女性は肩にかけていたポシェットから通信インカムを取り出し、耳に装着した。
「あたしはあたしのペースでやっから良いんだよ別に。どーせお上は全部現場に任せるっきゃ無ぇんだからァ……」
二人は駅前のコインロッカーにぬいぐるみを押し込むと、その場を後にした。
大きな星空の下瞳がきらり
背中を押すように流れ星もきらり
ひらりひらりと桜が舞い
貴方を待っている
出会いの季節だからか
ワクワクして
でも別れの方が多くて
やるせなくて
今日を紡いでいるんだ
私を愛せてるんだ
きっと、いや絶対
すごいこと。
空が晴れたんだ
花が幾つも咲いたんだ
きっと、いや絶対
貴方のせい。
長距離通学は、苦痛である。
長距離通学は発鬱率が上がると言うが、この身で感じて、それは事実であるだろう。
いかんせん、私の地元はハイレベル校の密集地、通学時間の自由などないわけで、平均と少しレベルの私は、1時間もかかるこの学校に入学した。
しかし私のマインドは落ちるどころか上がっている。
なぜだろう、と、ふと考えた。
あれ、考えるのが怠い。
やはり疲れて自己防衛力を錯覚させているのだろうか。そして納得させているんだろうか。
私の脳には残念ながら、そう錯覚させられてることが腑に落ちないのだ。
思考すらしてくれない。
心をもがきながら止まらぬ思考を抉ると、出てきたのは何であろうか。
結局わからなかった。
どこにあるのだろう。思考する時間があれば、私は憂鬱にはならないだろう。
「これは、俺が生まれ故郷にいた頃の話なんだけどさぁ」
放課後の教室に、一人の男子生徒の囁くような声が響く。彼の周囲には、クラスメイトの男子生徒が数名。
「俺、県外出身で、山の中のド田舎の村で生まれたんだよね。小学校まではそこで育ってさ。中学上がるタイミングで親の転勤でこっち引っ越してきたのよ。で、村での話なんだけど、村に『めっちゃ背の高いお姉さん』がいたの」
「へぇー、どんくらい? 175? 180?」
クラスメイトの野次に、少年はニタリと笑う。
「推定2m以上」
「マジで!?」「やっば!」「それもう半分妖怪だろ!」「いやそれは2m級の女性に失礼やろ」
口々に盛り上がるクラスメイトたちを制止し、少年は話を続ける。
「で、そのお姉さん、俺が出かけるといつもいつの間にか付き纏ってたんだよね。身体がデカい分、とんでもない大股でさ、俺がどんだけ走っても引き離せねえの。で、そのお姉さん、『あけて、あけて』って言いながら俺のこと追いかけてきてたんだよね」
「何を開けるんだよ……」
「それが俺にも謎でさぁ。いろいろ試したよ? 目、口、ペットボトル、ノート、虫かご、ジッパー……でも、お姉さんが反応することは無かったんだよなぁ……」
「普通扉とかじゃねえの?」
「……その手があったか」
「え嘘本気で気付いてなかったん?」
「それでな。そのお姉さんの不思議なところが、お姉さんいつも、途中で追いかけるの止めちゃうんだよな。突然ぴたっと止まって、そこからじっと俺のこと見送ってくれんの」
「……ってのが、お前の『イマジナリー・フレンド』かー」
先ほどまでの怪談大会のような空気から一転、空気が一気に和らぐ。
「へぇ~、でも人型なの良いなー。俺のIF(イマジナリー・フレンド)なんかパンタグラフだぜパンタグラフ」
「電車の上に付いてるアレとお友達やってたお前の神経が信じられねえよ俺ァ」
「俺は黒猫だったからまだ普通だな」
能力者養成校の教室の一室で繰り広げられていたそれは、どうやら『自分のイマジナリー・フレンドについて語る会』だったようだ。
「やっべ、俺この後用事あるんだった。じゃあなみんな、楽しかったよ」
最後に語り役になった少年、永江吉継は鞄を手に取ると、急ぎ足で教室を後にした。
自分がわからなくなったんだ
誰か教えてくれよ
僕は何が好きで
何が嫌いなの?
見失いそうな未来への希望と
まだ抱えていたい葛藤
訳がわからなくなったって
此処に在ったって知ってる
誰にも届きやしないけど
聞いてほしいんだ
そう 貴方に
孤独で居ても自信を持って
悲しみを叫ぼうと
聞こえない歌を
自分が彷徨っているんだ
誰か引き止めてよ
僕は何が怖くて
逃げてるの?
手から零れ落ちていく過去と
拾えそうな人生の欠片
この腕に抱きしめて
そのはずだったけれど
誰かに聞いてほしくて
まだ歌い続けているんだ
僕の宝物を
怖くないって言えないけれど
耐え抜こうっては思う
僕の強さを見せてやるんだ、と
崩れ落ちそうな僕の生き様は
ちゃんとしっかり支えるから
糸が解けるように
霧が晴れるように
誰かに届いてほしくて
歌っていたいんだ
そう 僕の歌を
まだ不器用で不完全だけど
これから上手くなるから
いつか空に手を伸ばせるように
夕焼け空を見ながら涙がポロリ
溜まってた想いもただポロリ
ホロリホロリと雪が舞い
貴方を待っている
自分の足跡をたどるのは
どうも難しいことで
新しい道を紡ぐのは
もっと難しくて
今日を生きているんだ
私が私で居るんだ
きっと、いや絶対
すごいこと。
心がポカポカするんだ
一輪花が咲いたんだ
きっと、いや絶対
貴方のせい。