(私がこいつに見せていない『刀』は0。……全ての手札が割れている……いや、一振りだけ、『能力は』見せていない刀があったな。となると……決めるなら“破城”しか無いな)
ササキアの手刀が手首に直撃し、ロノミアは“血籠”を取り落とした。
「ぐッ……!」
続いて放たれた拳を、ロノミアは無事な片手で受け流した。カウンターで肘鉄を打つが、ササキアはそれをわけも無く受け流し、隙だらけの背中に膝蹴りを叩き込む。
「ぐあっ……!」
更に続くササキアの攻撃を、ロノミアは転がるように回避し、距離を取った。
「クソっ、痛ってぇ……」
(……粘るな。何が目的だ? とにかく、こいつを倒すか、やり過ごさねば、元凶であるあの双子を倒せない。……恐らく、こいつは私の盾を破壊したことで、『追加武装』がもう無いと考えている。決めるなら、『あの盾』だな)
ササキアは連続で蹴りを放ちながら、ロノミアを追い詰めていく。
2人の戦闘は徒手による格闘に変わり、ササキアの優勢で激しく動き回りながら打ち合う。その間にも糸の帯は数を増していき、領域内は複雑な地形を成していく。
「っ……」
ダメージの蓄積により、ロノミアが膝を屈した。その隙を逃さず、ササキアが蹴りの姿勢に入る。
その時、ボンビクスの糸束が、ササキアの軸足に固く絡みついた。即座に、ロノミアがやや前のめりに重心をずらす。
((……今!))
ササキアは持ち上げていた足を素早くその場に振り下ろし、右腕に『追加武装』を出現させた。十字架を膨らませたような形状の、全長2m程度の金属製の大盾。その側面は、刃のように加工されている。正しく『大剣』の様相である。
対するロノミアは、膝をついた姿勢のまま、巨大な斬馬刀“破城”を手の中に生成した。
2人がほぼ同時に武器を振り、直撃する寸前。
「モリ子ぉっ!」
ロノミアの掛け声で、別の糸束が彼女を捕え、ボンビクスの方向へと引き戻した。それにより、ササキアの攻撃は空を切る。
糸束から解放されたロノミアは、慣性によって領域内壁に着地し、即座に跳躍した。ロノミアは更にササキアの後方に張られた糸帯に着地し、慣性に任せて深く膝を折る。
(来る!)
ササキアが大盾を構える。しかし、攻撃が来ない。ササキアが盾を僅かにずらすと、ロノミアは糸帯に垂直に着地した態勢のまま、“破城”を構えていた。
「…それにしても、皆が身内の事を考えてる事の何が嫌なんだ?」
ふとここで、耀平が頬杖をつくのをやめながら尋ねる。
ネロも確かにとうなずき、黎も静かに首を縦に振った。
「やっぱり、恥ずかしいのか?」
「えっ、あっ、いや…」
耀平の質問に琳くんは慌てる。
それを見た師郎はまぁまぁ…となだめた。
「誰だって身内の事で思い悩む事はあるからな」
俺だってそうだったし、と師郎は笑う。
それを見て、そうだったんですか…?と琳くんが驚く。
「まぁな」
これでも我が家は家族が多いから、自分の思い通りにならん事ばっかでな…と師郎は目を細める。
琳くんは目をぱちくりさせ、師郎はそんな彼の様子に気付いてあぁすまんな、こっちの話してと謝る。
しかし琳くんは神妙な面持ちになって前を向いた。
「…ぼくもそうですよ」
急な発言にわたし達は琳くんに視線を向ける。
琳くんはそのまま続けた。
春を盗りにきた もう一度あの頃に戻りたくて もう二度とあの頃に戻れなくて
晴るを撮りに来た 上の景色が明るすぎて 下の景色が暗すぎて
桜が散るころあなたはどこにいますか
あと何回春がきたら君を忘れられますか
桜の葉がゆらゆらと落ちて
言の葉がゆらゆらと揺らいで
あなたは舞っている桜の葉のように掴むことができない
掴もうと必死に手を伸ばしてもひらりと逃げる
春が嫌いと言った君は笑顔だった
桜の葉はいつか地面に追いつくけど
僕はあなたに追いつけない
そんなことを思いながら今日も歩く
いつか追いつけるように
「姉、ちゃん…?」
ネロが不思議そうにこぼすと、師郎はもしかしてと頬杖をつく。
「お前の姉ちゃん、ZIRCONの鹿苑 蘭(しかぞの らん)か…?」
「あ、あ、うん」
師郎の質問に、琳くんはうなずく。
話を聞いているわたし達は顔を合わせたり目をぱちくりさせたりした。
「…なるほど、そういうことか」
師郎はそう言って上着のポケットから何かを取り出す。
それは琳くんが師郎にぶつかった際落としていった、”ZIRCON”のロゴが入った濃いピンク色のキーホルダーだった。
「これ、明らかに鹿苑 蘭の担当カラーだなと思ってたけど、まさか身内だったから持ってたのか」
なるほどなーと師郎は言うが、琳くんはえっいつの間に…⁈と驚いた顔をする。
それに気付いた師郎は、あぁすまんなと返す。
「さっきぶつかった時に落としていったからな」
そのままにしておくワケにいかなかったし、と師郎はキーホルダーを琳くんに渡す。
琳くんはあ、ありがとう…とそれを受け取った。
何時からでしょう。
貴方がエチュードを弾かなくなったのは。
何時からでしょう。
貴方のその白魚の様な指に、銀の枷が付くようになったのは。
何時からでしょう。
私を呼ばなくなったのは。
何時からでしょうか。
貴方にとって、私は前座に過ぎなかったのでしょうか。
所詮は練習台だと。そう言う事なのでしょうか。
そうであっても、そうでなくても、構いません。
革命の狼煙を上げるのは、貴方の仕事なのですから。
然し乍ら、私は、記憶しております。
貴方のその白魚の様な指が、軽やかに舞う様を。
陽の光に微笑む貴方を。
未練がましく懐古しているうちは、私はまだエチュードに過ぎないのでしょうね。
さあ、革命を。
私は、何時迄もお待ちしております。
明日も、明後日も、何年先でも。
お待ちしておりますので。
「フレデリック・フランソワ・ショパン作曲
エチュード『革命』」
昨日(31日)に投稿したものの再投稿です。
口語訳版はレスにあります。
「其れはまるで熱異常であった。
真夏の蜃気楼に、頭から呑まれた様な衝撃であった、と記憶している。
或れ程鮮烈に焼き付く閃光に、私は、未だかつて出逢った事が無い。
其れは熱を待ち乍ら、冷たく人の頬を撫でて散る。
其の可笑しな寒暖差で、人は風邪を引かされるのかも知れない。
全く、迷惑な話である。
其の閃光を目にすると、誰も彼も、妙に感傷的になっていけない。
仕事も捗らぬと言うものである。
しかし、其の閃光の熱故か、はたまた冷たさ故か、この季節の眠りは覚め難い。」