カミラの襲撃から一週間後の放課後、ヒトエは教室に居残ってそわそわと待ち構えていた。
(あのハイジャックって女の人は、1週間後にカミラを寄越すって言ってた。つまり今日だ。まだ来ないみたいだけど……一体いつ来るんだろう……)
落ち着きなく教室内を歩き回っていると、教室の扉が静かに開いた。
「っ、カミラ!?」
咄嗟に振り返ったが、そこに立っていたのは制服姿の少女だった。
「ざんねん、カミラではない。あなたが、エリカ先輩たちが言ってた新入りの子?」
「えっと……あ、もしかして、2年生の?」
「そうだよー。私は望月エイリ。好きに呼んで良いよ」
「はい、よろしくお願いします、エイリさん。私は亀戸ヒトエです」
ヒトエが頭を下げると、エイリも軽く会釈して応えた。
「それで、たしか後輩ちゃんの魔法って……カカシ?」
『【閑々子】、だよ』
突然二人の中間に出現した黒い流体のような生物、ケリが訂正した。
「ふーん? 私の魔法は【玉桜楼】っていってね、すっごい強いんだよ。後輩ちゃんが今日、怪人と戦うらしいからね。私が手伝ってあげる」
「やったぁ、ありがとうございます」
2人が握手を交わす。時刻はちょうど16時を過ぎたところだった。
『……二人とも、変身した方が良い』
不意に、ケリが口を開いた。
『魔力が膨らんでいる感覚……間も無く、この部屋の中央に出現するよ』
「分かった、ケリちゃん!」
エイリの周囲に旋風が巻き起こり、彼女の衣装は制服の上から羽織とマフラーを纏ったようなものに変わっていた。一瞬遅れて、ヒトエも急いで赤備えのアーマーに変身する。
君の視線の先は
いつも
いつも
あいつを指していて
胸にズキンと
くぎを打たれる
同性の僕と君じゃ
周りからも
もしかしたら
君からも
でももう取り返しはつかないって
分かってるよ
もしかしてなんて
期待しちゃって
バカみたい
琥珀はそのまま落下した。…が、途中で落下が止まり、尻あたりに痛みが走る。
「きゃんっ!!」
_林檎、林檎をあのまま落とすわけには…!
振り向くと、蜘蛛がその脚で尻尾を掴んでいた。蜘蛛の背中の上で背中合わせになって脱力している人間を見て琥珀はぞわぞわした感覚に陥る。
「ガルルルルッ!!」
琥珀が思い切り威嚇をすると、人間は意識を取り戻したように飛び起きた。その反動で蜘蛛の顔が上へ上がり、尻尾を掴んでいた脚が離れる。
できるだけ風の抵抗を受けようと努力する林檎の首根っこを、琥珀はぎりぎり甘噛みすることに成功した。琥珀はそのままかなり無茶な体勢で林檎を庇いながら地面に墜落する。
『こはく』
『……すまん…しばらくは、動けそうにない…』
『んーん、あやまることない。こちらこそごめん、ありがとう』
たどたどしくも林檎はそれだけ言って、琥珀の顔や身体を舐めてやった。
『…更に下に来ちまったな…』
『あんぜんならいい、やすもう』
『…ああ』
林檎の温かみを感じながら琥珀はゆっくり尻尾を振りつつ目を閉じる。
林檎も目を閉じて琥珀のお腹に頭を乗せた。
誰も入りたがらないような真っ暗な穴の中、世界の真相に触れかけた狼と兎は、寄り添って寝ていた。
へそのまがったままでオヤスミ
キミの新しい髪型 すてきだった
はなのまがったカオで笑って
伝わんなくて、悲しかった
コーヒー飲めない テレビ観れない
小説読めない 詩書けない
わたしなんかのためのオヤスミ
もったいないから まだ起きててね
はながまがってしまいそうです
クサいセリフを吐くときは
だけどへそまげてられない
素直になれるひとがかわいい
コーヒーは苦い テレビつまらない
小説は嫌い 詩は照れる
わたしなんかのためのオヤスミ
もったいないから まだ寝ないでね
「お前は硫だ」
誰が何を言おうと、なんか違う名前を付けられようと、お前は硫なんだからと琅はキヲンの肩に手を置く。
キヲンはそんなこと言われても…と困惑する。
「ボクは“キヲン”だって、寧依が名前を付けてくれたから…」
キヲンがそう言いかけた時、不意に琅の後ろから琅!と呼ぶ声が聞こえた。
琅が振り向くと、濃青色の長髪を後頭部で束ね、額の右側に1本ツノが生えた琅と同じようなフード付きジャケットを着たコドモが立っていた。
「あ、碧(ビィ)、どうし…」
「どうしたもこうしたも、どこ行ってたのよ琅!」
碧と呼ばれたコドモはツカツカと歩きながら2人に近付く。
琅はゴメンゴメンと手を合わせる。
「硫を探してたらこんな時間になったんだ」
「硫を探してたって、あの子はもう…」
碧はそう言いかけた所で、キヲンの姿を見て驚く。
「あら、あなた昼間に琅とぶつかってた子じゃない!」
どうしてこんな所に?と碧は不思議がると、琅はそりゃあ硫だからさと胸を張る。
「1番硫と一緒にいたおれが言うんだから間違いない」
琅は得意げに笑うが、碧は疑わしげに首を傾げる。
・ケリ
魔法少女を生み出す力を持った異界の存在。手のひらサイズの黒いスライム球みたいな外見。名前の由来は「テケリ・リ」。
ケリさんが生み出した魔法少女たちは《慈雲》というユニットを結成して協力し合っている。
この世界では魔法少女たちは何らかの共通点とか(基本的には自分たちを魔法少女にしてくれた異界の存在が同じ者どうし)でユニットを組んでおり、協力して怪人から世界を守っているのです。
・カミラ
怪人結社【ロスト・ファンタジア】に所属する上位怪人。身長1.6m程度の夢魔型の怪人で、紫色の皮膚と黒いロングヘア、腰から生えた蝙蝠の翼が特徴。細長い尻尾も生えている。瞳は金色で、白目の部分が黒い。
触れた魔力エネルギーを吸収してしまう能力がある。その魔力の形態が「エネルギー体」に近いほど吸収効率は高く、安定して物質化したものに対しては上手く吸収できない。魔法少女に直に触れると直接ドレイン可能。一気に吸い尽くせる。ヒトエはアーマーのおかげで助かった。
その他、エネルギーを放出したり、翼でふよふよと飛んだり(最高時速30㎞程度)、両手両足の爪を長く鋭く伸ばして攻撃に利用することが可能。
生後数週間なためか、情緒が幼い。
・“戦妃”ハイ・ジャック
外見性別:女 外見年齢:20歳 身長:170㎝
【ロスト・ファンタジア】の上級幹部の1人。武闘家風の衣装を身に付けた女性。異空間に武器をストックし、自由に収納・展開が可能。シンプルに高い身体能力を有しており、圧倒的な『強さ』によって怪人たちを制御し、戦闘技能訓練を担当している。
※怪人結社【ロスト・ファンタジア】
6年前から突如出現し始めた怪人集団。力こそ弱いが数が多く連携能力に秀でた「下位怪人」、大柄で身体能力の高い「上位怪人」、特異な能力を有する人型の怪人(怪人なのか人間なのかは不明。便宜上、「怪人」と呼ぶ)である「上級幹部」から構成されている。その全てを統べる「魔王」の存在が噂されているが、真偽は定かでは無い。活動目的は『怪人たちに相応の”最期”を与え、物語を閉じること』らしい。早い話が彼らは敗北を求めている。
・亀戸ヒトエ
年齢:12 身長:148㎝
魔法名:【閑々子】
甲羅あるモノを模したアーマーを装備する。
奥義名:〈自賛・髑髏〉
自律稼働する、骸骨を模した鎧を召喚し、同時に行動する。
説明:カミラに気に入られてしまった中1の少女。まだ誕生日が来ていない。何故気に入られてしまったのかは不明。変なフェロモンでも出てるんじゃないだろうか。衣装はアーマーの下に着ている黒いアンダーウェア部分のみで、鎧は魔法で生成しているもの。アーマーはいせえび、かにさん、かめさんの3種類。
・那珂川チヒロ
年齢:14 身長:157㎝
魔法名:【雪城】
白銀色の流体を操る。
奥義名:〈菱湖流・静嘉〉
雪の降る結界に対象を閉じ込める。自身及び対象は、雪中で他の者に認識されない。
説明:中3の魔法少女。エリカとは同級生。エリカが魔法少女にされそうになった時、ケリさんに無理を言って自分も魔法少女になった。多分マブなんだと思う。衣装は真っ白な和装風。髪も白くなる。書道パフォーマンスで使われるようなあの両手持ちの特大筆で雪のような粒子状の流体をズァッて描く。
・小金井エリカ
年齢:15 身長:150㎝
魔法名:【恋川春町】
幻影を描く。
奥義名:〈栄花夢〉
幻影が与える影響を現出させる。
説明:中3の魔法少女。チヒロとは同級生。異界の存在ケリさんから力を授かった魔法少女たちで構成された魔法少女ユニット《慈雲》のリーダー役を担っている。衣装は桜色と水色の和装風。髪も桜色になる。桜の髪飾りも附属する。薙刀も持ってる。
「そういう“保護者”もいるの⁇」
キヲンがそう言うと、ハハッと琅は振り向きながら笑った。
「保護者って」
マスターにとっちゃおれたちは“道具”に等しいんだから、“保護者”な訳ないだろと琅は苦笑する。
「むしろおれたちの方が魔術師たちを守ってんだ」
琅はそう言ってまた歩き出す。
「とにかく、おれたちのマスターはおれたち使い魔を厳しくしつけるから、作られたばかりのおれたちは大変だった」
毎日のように怒られてたし、と琅はほとんど日が暮れた空を見上げる。
「でも、そんな中でも硫は、いつも明るく振る舞ってた」
琅はキヲンにとっては知らない話を懐かしむように語った。
「苦しい時もお前が笑顔で励ましてくれてたから、おれたちは厳しい訓練も頑張れた」
だからおれは、お前に感謝してると琅は立ち止まって笑顔で振り向く。
「お前がずっといてくれたからおれたちは頑張ってこれた」
お前の、お陰だという琅の言葉に、キヲンは目をぱちくりさせた。
「…ボク、そんなの知らない」
「知らないって、そんなこと言うなよ」
琅は俯くキヲンに向き直る。
「お前と同じ魔術師の手で作られ、同じ魔術師に使役される使い魔」
ただ、それだけだと琅は呟く。
キヲンはほえーんと頷いた。
「…おれたちは、生まれた頃から一緒だった」
琅は不意に語り出す。
「おれたちの“マスター”が所属する魔術師の“組織”は、この世界で大多数の魔術師が入ってる“学会”と違って“学会”が使いたがらないような魔術についての研究や継承を主に行なっている集団だ」
琅は歩みを止めずに続ける。
「そういうことをしているから“学会”に目を付けられて襲撃されたりしてるんだけど、それに対抗するため“おれたち”は作り出された」
そうなの?と首を傾げるキヲンを気にせず琳は言う。
「“マスター”は“組織”の一員でいることに誇りを持っているから、おれたちに“組織”を守らせることにとても高い理想を持っている」
だから、と琅は急に立ち止まる。
「おれたちに厳しく接してるんだ」
その言葉にキヲンはえ、と驚く。