「…貴女に”異能力を扱わせてあげる”協定を」
「えっ」
ヴァンピレスの思わぬ言葉に、わたしは思わずこぼす。
常人のわたしに、異能力を扱わせるって…?
「それって、どういう」
「どうもこうも、様々な異能力を持つ事ができるわらわと一緒にいることで、貴女は自らの命令でわらわに異能力を使わせる事ができる、ただそれだけよ」
ヴァンピレスは目を細めて首を傾げてみせる。
わたしは驚きの余り動けなかったが、その様子を見たヴァンピレスは、あら、まだ分からないかしら?と尋ねた。
それに対し、いや、分かるけど…とわたしは答える。
「つまり、わたしはネロ達と一緒に行動するのをやめて、あなたと一緒に行動すればいいって事?」
「あら、わらわそこまで言ってないわよ?」
これはただわらわと一緒に行動しないかって提案、とヴァンピレスは続けた。
「貴女はネクロマンサー達と縁を切らなくていいの」
ヴァンピレスはそう言って微笑む。
わたしはでも、と言いかけるが、ヴァンピレスは大丈夫よと遮った。
「貴女、ネクロマンサー達と一緒にいて、ちゃんと会話の輪に入れてもらった事、どれ位あるかしら?」
ヴァンピレスはわたしの顔を覗き込みつつ尋ねる。
わたしはえぇと…と目を逸らした。
「どれ位、って言われても…」
よく考えてみればそこまで話の輪に入れてもらった覚えがないような気がするわたしはそう答えるが、それを聞いたヴァンピレスは、でしょう?と首を傾げる。
「貴女はそこまであの4人に認められていない、そんな気しかしないはずだわ」
ヴァンピレスはそう言うが、わたしはで、でもと彼女に目を向ける。
「わたし、最初はネロ達に嫌がられてたりしたけど、最近はそういう事言われてないし…」
「それは貴女の存在に呆れて最早放置しているのではなくて?」
ヴァンピレスはわたしの言葉を遮った。
わたしはつい…へ、と言葉を失う。
「貴女はネクロマンサー達と一緒にはいるけれど、あまり見向きされていないでしょう?」
ヴァンピレスは続けた。
「だから、わらわは貴女と手を結びに来たの」
ヴァンピレスはそう笑ってわたしの身から顔を離す。
わたしはまばたきもできない程に固まった。
「わらわと貴女で手を組まないか、ただそれだけ」
ヴァンピレスはそう言って地面を軽く蹴る。
わたしはただただ困惑していた。
「貴女、もしかしなくともよく一緒にいるネクロマンサー達に引け目を感じているでしょう」
ヴァンピレスはふと呟く。
「彼女達はつい前々から仲良くしているけれど、貴女はつい最近になってから共に行動するようになった」
それ故に疎外感を感じていないかしら?とヴァンピレスはブランコを漕ぎ続ける。
わたしは…そんなの、と言いかけるが、ヴァンピレスはブランコの動きを止めつつ、あら、否定しなくてもいいのよ?とわたしの方を見やった。
「貴女はしょせん異能力を持たない常人なのだから」
ヴァンピレスはにっこりと笑う。
わたしはどきりとして、塾の教科書やペンケースの入った膝の上のトートバッグをつい抱きしめた。
「あらあら、図星のようね」
貴女がなんとなくネクロマンサー達に馴染み切れていないこと、わらわは知っているのだから、とヴァンピレスはブランコから降りてわたしに近付く。
わたしは、そんな訳ないと横に首を振るが、ヴァンピレスは気にせず続けた。
「…それで、わたしに何の用があって会いに来たの?」
ていうか、何でわたしの塾が分かったの…?とわたしはヴァンピレスに尋ねる。
ヴァンピレスは、まぁ貴女のあとをつけてたのよと答えてから、ブランコを漕ぎつつこう答える。
「ちなみに貴女に会いに来たのは、”提案”があるから来た、って所かしら」
「”提案”?」
わたしは思わず聞き返す。
ヴァンピレスはそうよ、と続けた。
「貴女への”提案”…それも、”協定”の”提案”よ」
ヴァンピレスはキィ、キィと音を立てながらブランコを漕ぎ続けていたが、そう言って不意に漕ぐのをやめる。
そしてわたしの方を見た。
「…貴女、わらわと手を組まない?」
ヴァンピレスはそう言って微笑む。
わたしは、え、と呟いた。
「ど、どういう事?」
「どういう事と言われても、文字通りの意味よ」
わたしの質問に対して、ヴァンピレスはそう返してまたブランコを漕ぎ始める。
「”無駄な抵抗”をしなければ、わらわは何もしないわよ」
彼女はそう言ってにんまりと笑った。
「…ひっ」
わたしは声にならない声を上げる。
早く帰りたい気持ちもあったが、ここで抵抗すれば自分の身に何が起こるか分からない。
わたしは渋々、分かったとうなずいた。
するとヴァンピレスはいいわ、と笑ってわたしの腕から手を離す。
そして行くわよ、と言って彼女は交差点を渡りだした。
わたしは黙って彼女に続いた。
平日なのにヴァンピレスに道端で遭遇してから数分程。
わたしとヴァンピレスは、わたしが通う塾の近くにある小さな公園に来ていた。
「あら、ここの公園、ブランコがあるのね」
ヴァンピレスは公園の片隅にあるブランコを見とめると、それに駆け寄ってブランコに乗る。
わたしは早く帰りたいのに、と思いつつ、ブランコの周りの柵に腰かけた。
「あ、あー、えーと…」
わたしは慌てて何か言おうとするが、イマイチ言葉にならない。
何せ驚きと恐怖が入り混じっているから、頭が回らないのだ。
それに気付いているのかいないのか、ヴァンピレスはそんなに恐れる必要はないわ、とわたしに近寄る。
「わらわは貴女と話をしに来たの」
彼女はわたしの目の前で立ち止まって笑った。
「は、話?」
わたしは絞り出すような声で呟く。
ヴァンピレスはそうよとうなずいた。
「わらわは本当に話をしに来たの」
貴女が無駄な抵抗をしなければ、わらわは何もしないわとヴァンピレスは両腕を広げてみせる。
「ホントに…?」
わたしがそう聞くと、本当よとヴァンピレスは返した。
「わらわは嘘をつかないわ」
ヴァンピレスはそう言って微笑む。
わたしはどうも彼女の事を信じられなくて、ごめんなさいと謝ってその場をあとにしようとした。
しかし彼女は自らが奪った異能力でわたしの思考を読み取ったのか、わたしの腕をパッと掴む。
夜7時、すっかり日も暮れて辺りが暗くなった頃。
今日の塾の授業も終わり、わたしは塾が入っている建物をあとにした。
同じ授業を受けた子たちは授業が終わったあとも建物の前で駄弁ったり、親の迎えを待ったりしていたが、わたしは家が塾から近く友達もここにはいないので、いつもさっさと帰る事にしている。
まぁ今は寒いので早く帰れるに越した事はないのだけど…
そう思いつつ暗い道を歩いていると、ふとわたしは小さな交差点の角の”止まれ”の標識に寄りかかるように、誰かが立っているのが見えた。
白いコートに白いミニワンピース、そしてツインテールにした長髪に赤黒く輝く目…
わたしはそんなバカなと思った。
「ご機嫌よう」
その人物…ヴァンピレスはわたしに気付くと、笑顔でそう呼びかける。
わたしは驚きのあまり動けなかった。
まさか、ヴァンピレスに遭遇するなんて。
しかもネロたちと一緒ではない平日に…
わたしが呆然としていると、ヴァンピレスはあらと首を傾げる。
「わらわが平日に貴女に会いに来た事に驚いているの?」
それとも、わらわの事が怖い?とヴァンピレスはいたずらっぽく笑った。
12月、クリスマスが近づく頃。
すっかり外は寒くなったが、地方の街である寿々谷もクリスマスという一大イベントが迫ったことで、心なしか商店街もショッピングモールも賑わっているように見える。
まぁクリスマス商戦って奴で人々も浮き足立つのは仕方ない事と言えた。
しかしそんな中で、わたしは重い足取りで通っている塾へと向かっている。
…何せ期末テストまであと数日のところまで来てしまって、かなり追い詰められているのだ。
親からは毎週末”友達”と遊んでいるからいけないのよと言われるが、それだけではないとわたしは思う。
今回は学期末テストだし、範囲は広いし、ついでに3年生になるのが近付いているために先生達が気合を入れているのがよくないのだ。
こんな事になるのは仕方ない。
…と、色々考えつつ塾がある寿々谷駅の方へ向かって歩いているわたしだったが、不意に何か視線を感じた。
何だろう、と思って視線を感じる車道向こう側に目を向けるが、特にそちらには誰もいない。
あるのは普段の街並みだけだった。
「気のせいかな」
最近はネロ達と一緒にいるとヴァンピレスに遭遇することが増えているから、彼女かと思ったが多分違うだろう。
わたしはそう思うとまた塾へ向けて足を進めた。