「わらわが”他人の記憶を奪う”能力を持っているからかしら」
わらわ達異能力者にとって”記憶”は”異能力”そのものであること、貴女は知っておいでよね?とヴァンピレスは続けた。
「それを奪い取る異能力を持つわらわが、他人の異能力を奪う事の何がおかしいの?」
わらわは自らの本能に従っているだけよ、とヴァンピレスは淡々と言う。
ネクロマンサーはそれを聞いて、アンタねぇ…といら立つが、わたしは気にせず本当にそうなの⁇とさらに尋ねた。
「本当にそれだけで、他人の記憶を奪えるの⁇」
わたしがそう聞くと、ヴァンピレスは眉間にしわを寄せつつあら、と答えた。
「わらわの答えに文句?」
そんなに記憶を奪われたいのかしら?とヴァンピレスは挑発するように右手の白い鞭を軽く振るう。
わたしはそれには答えず、あなた、と彼女に呼びかけた。
「お兄さんから聞いたけど、昔は病気がちで、家族からもあんまり相手にされてなかったんでしょ?」
「…そうね、わらわは昔寂しい思いをしていたわ」
でも、それが何?とヴァンピレスは首を傾げる。
「それに、彼女をこれ以上孤独にはしたくないから」
だから、わたしを連れて行って、とわたしはネロの目をじっと見据えた。
ネロは、アンタ…と呟きかけるが、ここで見つけたわよ、ネクロマンサーと聞き覚えのある声が聞こえる。
ネロの後方十メートル程の所を見ると、白いミニワンピースに白いコート、そして長い髪をツインテールにし、瞳を赤黒く光らせた白い鞭を手に持つ少女…ヴァンピレスが立っていた。
「今日は貴女の方から襲ってきたから何かあると思っていたけど…」
貴女、わらわを奪おうって言うのね、とヴァンピレスはにやりと笑う。
ネロは、アンタ立ち聞きしてたのかよ!と叫んで、その目を赤紫色に光らせた。
「あらあら、わらわが奪った異能力を使っただけの事よ?」
別に怒る事でもないわ、とヴァンピレスは小首を傾げてみせる。
そんな彼女に、ネロことネクロマンサーはアンタ…!と憤りの声を上げるが、ここでわたしはねぇ、と声をかけた。
「あなた…ヴァンピレスは、どうして他の人の異能力を奪うの?」
わたしの質問に、ヴァンピレスは、あら貴女、随分度胸があるのねと返す。
「さすが、わらわの”提案”を断っただけあるわ」
「質問に答えて‼」
話を逸らそうとするヴァンピレスに対し、わたしはそう要求した。
それに対しヴァンピレスは少し不満そうな顔をしつつ、そうねぇ…と答える。
「ネロ‼」
「え、アンタぁ⁈」
つい声を上げるわたしに対し、ネロは驚きの余り目を見開いた。
「な、何でボク達ん所に来たんだよ⁈」
来るなって言っ…とネロは言いかけるが、わたしは彼女が言い終えるその前に、ネロと口を開く。
「ヴァンピレスはどうなったの⁇」
「えっ」
わたしの意思を込めた一言に、ネロは少しポカンとした。
「あ、アイツはまだ目的のポイントまでおびき寄せてる最中だぞ」
上手い事イービルウルフに化けてもらってヴァンピレスを兄貴の所まで移動させてる、とネロは続ける。
それを聞いて、わたしはわかったとうなずいた。
「じゃあ逢賀さんの所にわたしを連れてって!」
「えっはぁ⁈」
何でそうなるんだよ‼とネロはわたしに怒鳴る。
「第一アンタは部外者…」
「わたしは、ヴァンピレスに聞きたい事がある」
ネロの言葉を、わたしは力強い口調で遮った。
ネロは思わず黙り込む。
ヴァンピレスから異能力を奪い取る作戦を止める、とわたしが決めてから暫く。
わたしは寿々谷駅周辺のあちこちを走り回っていた。
…というのも、なんだかんだ半年以上ネロ達と一緒にいて、互いの連絡先を交換していないのだ。
一応ネロ達と逢賀さんの作戦会議の場に同席しているので、大体どの辺りで作戦を決行するかは分かっている。
しかし、ヴァンピレスをどのタイミングで襲撃するかは逢賀さんが連絡したタイミングで、という事になっているため、どこか別の場所でネロ達が待機している可能性があった。
「どこ行ったんだろう…」
路地を早歩きしつつ、わたしはそう呟く。
とりあえず、いつもの駄菓子屋でいつも店番をしているおばあちゃんにもネロ達を見ていないか聞いたが、今日は見ていないという。
もしかしたら既に作戦は終わっているのかもしれないが…そうであって欲しくない。
わたしは一縷の望みをかけて、路地を駆け出した。
とにかく、異能力を使うのだから人目につかない所のはずだ…
そう考えつつ路地の十字路にさしかかった時、不意に見覚えのある小柄な少女が路地の角から転がり出てきた。
わたしは自分の足元から立ち上がろうとするその少女…ネロと目が合う。
「その状態で”記憶”である異能力を失ったら…」
なんだか、あんまりじゃないかとわたしは心の中でこぼした。
沈黙するわたしを見るミツルは、静かにサワーシガレットをくわえている。
「やっぱり、止めた方がいいかな」
ヴァンピレスから異能力を奪う作戦、とわたしはミツルの方を見やった。
ミツルはさぁ?と言って、分からないと言わんばかりのジェスチャーをする。
「その辺はアンタの”意思”次第じゃないの?」
この街で中立の情報屋をやっている俺には言えたことじゃないよ、とミツルは笑った。
「ま、止めたかったら止めれば~?」
ミツルはそう言って、くわえている内に溶けて小さくなったサワーシガレットを右手でもてあそぶ。
「…ありがとう」
わたしはそう言って立ち上がった。
そして屋上のエレベーターへ向けて走り出した。
「あのヴァンピレスも、たまに駄菓子屋に現れる事があるんだが…一度だけ、ものすごーく物憂げな顔をしている所を見たことがあるんだ」
アイツの本名も、素性も、本当の所は何も知らんがちょっと寂しげだよなぁって、とミツルは小箱の中身…サワーシガレットを1本取り出し口にくわえた。
「寂しげ…」
なんか、昔のわたしみたい、とわたしは思わずこぼす。
「…そういや、アンタもネロ達と連むようになる前は、ずっと1人だったんだっけ」
「うん」
ミツルの思い出したような言葉に、わたしはうなずいた。
「わたしは学校に居場所がなくて、正直投げやりになって”死に神”の噂にすがった」
でもそれでネロに出会って…耀平や、黎や、師郎や、たくさんの異能力者達に出会った、とわたしは続ける。
「だけど、ヴァンピレスにはそれがない」
ずっと独りで、この街をさまよっている、とわたしは言う。
「少なくとも、俺はネロ達が心の底からヴァンピレスを倒したいなんて思ってないと思うんだが」
ミツルはそう言って、ベンチの座面の後方に手をつく。
わたしがそうなの?と聞くと、ミツルはいやいやと続けた。
「アイツらっていうか、俺達異能力者は”異能力は己の一部”という考え方だからな」
例え自分自身が手を直接下さなくても、そういう事に加担するのは本意じゃないと思うし、とミツルは呟く。
「でも『これはボク達が決めた事だ』って」
わたしはついそう言いかけるが、ミツルはまぁまぁと横に手を振った。
「例え本当にそうだとしても、それをやってしまったらアイツら後悔するかもしれないぜ?」
あと…とミツルは宙を見上げる。
「ヴァンピレスにそんな事をしたって、アイツはずっと孤独を抱えたままだと思うぞ」
「えっ」
ミツルの思わぬ発言に、わたしは驚いた。
「ヴァンピレスが、孤独…?」
「そりゃそうだろ、アイツ異能力者はおろか常人の友達もいないんだから」
ミツルはそう言って、上着の下のウィンドブレーカーのポケットから青い小箱を取り出す。
「どうしてそんな事になったんだ⁇」
「えっ、いや、ヴァンピレスのお兄さんって人が、あの子を止めようって提案してきて…」
「あーなるほど…」
ミツルはわたしの説明に納得しているのかしていないのか、自らの顎に手を当てる。
「…それで、ヴァンピレスを倒すって、具体的にどうするんだ?」
ミツルがわたしに向き直ってそう聞いたので、わたしはあー、と呟いた。
「ネクロマンサーがヴァンピレスを追い詰めて、最終的にヴァンピレスのお兄さんが異能力でヴァンピレスの異能力を取り上げるって…」
「結構派手にやるな」
ミツルは少し驚いたように続ける。
「で、ネロ達はそれに乗り気なのか?」
「え、まぁ、うん…」
「本当に⁇」
わたしのあやふやな返事に、ミツルは神妙な顔で聞き返した。
わたしは思わず言葉に詰まってしまう。
「…違うのか?」
「どう、なんだろう」
ミツルの問いにわたしはつい首を傾げてしまう。
どうって…とミツルは呆れたように苦笑した。
「アイツら、アンタが近くにいてもそこまで嫌な顔してないっぽいし、第一アイツらはヴァンピレスに遭遇したときにアンタを真っ先に逃がすみたいだろう?」
それならもう、鬱陶しがったりしてないと思うぜとミツルは笑う。
それに対しわたしは、でも…と言いかける。
しかしミツルは、いやいや、そういうのは自分の”意思”の問題だからと続けた。
「アンタはネロ達と一緒にいたい、という”意思”があるんだろ?」
ミツルはわたしの目をじっと見据えて言う。
「それなら、一緒にいてもいいんじゃないか?」
アンタの”意思”は、大事にした方がいいぞ、と力強く言葉にした。
「それは…そうなんだけど」
でも、ネロ達に今日は会うなって言われてるし…とわたしはうつむく。
するとミツルは、えっどうして?と聞いた。
「え、あ…実はここだけの話、ネロ達はヴァンピレスを倒しに行っちゃって」
「…えっ、ヴァンピレス⁈」
わたしが恐る恐る小声で言ったのに、ミツルは大きな声で驚く。
わたしは人に聞かれたくなかったので、ちょ、ちょっと…と彼を諫めようとした。
しかしミツルは、えーマジか…とポカンとしている。
「もしかして、守秘義務があるような悩み?」
「いや、そういうのじゃないけど…」
なんか、言いにくいというか…とわたしは目を泳がせる。
それを聞いてミツルはふーんとうなずくが、ふと何かを思い出したように、あ、と呟いた。
「そういえば、ネロ達は?」
今日は一緒じゃないのか⁇とミツルはわたしに向き直る。
「あ、あ、うん…」
「もしかして悩み事って、アイツら関連?」
「えっ、そうだけど…?」
ミツルの質問に対し、わたしはついそう答えた。
するとミツルはなるほどね~と腕を組む。
「アンタは異能力を持たない一般人だけど、ネロ達は異能力者だからなー」
その辺の違いで悩むのは致し方ないよ~と、ミツルは笑いながら続けた。
わたしはあんまり笑わないでよ…と突っ込んだが、ミツルはまぁまぁそんな深刻な顔すんなって、と手をパタパタさせる。
「今のアイツらはアンタの事を、前程邪魔がっていないみたいだし」
「えっ?」
わたしは彼の言葉に思わず声を上げる。
ミツルはあれ、気付いてない?と首を傾げた。
「いやそんなに驚くなよ」
こっちは軽い気持ちで声をかけただけだし…とミツルは上着のポケットに両手を突っ込む。
わたしはあっごめん…と謝った。
「…で、どうしたんだ、難しい顔して」
考え事かー?とミツルはわたしに尋ねる。
わたしはどうして分かったの?と不思議がったが、ミツルはまー異能力使わなくても分かるさ、と笑った。
「で、なーに考えてんだよ」
悩み事か?とミツルがわたしの隣に座ったので、わたしはまぁそんな感じかな…?と苦笑いする。
「他人に話すべきか迷うような事だけど」
「えっ何それ!」
超面白そうじゃん‼とミツルはわたしの言葉に対し目を輝かせた。
わたしはそ、そう…?と首を傾げる。
「いや、だって俺情報屋だし、面白そうな情報には目がないんだよ」
せっかくだから教えて欲しいな~とミツルは両手をこすり合わせつつにやけた。
わたしはそんな彼に引きながら、それはちょっと…とやんわり断る。
するとミツルは、え、どうして?と不思議がった。
わたしが先週聞いた作戦会議を思い返すと…逢賀さんがヴァンピレスの行動を追跡してネロ達に居場所を知らせ、その情報に沿ってネロがヴァンピレスに戦いを挑む。
そしてネロがヴァンピレスを引き付けて路地の奥へと誘い込み、身動きが取れなくなった所を逢賀さんが彼の異能力”ヴァンパイア”でとどめを刺す、という流れだった。
しかし、本当にこれで良いのだろうか。
ヴァンピレスが異能力を奪うようになったのは、家族に相手にされなかった過去が影響しているとのことだった。
しかし、そもそもどういう理由で、彼女は他者の異能力を奪うようになったのだろう。
”家族に相手にされない”だけで、そうなるものだろうか?
その辺りの理由をハッキリさせないまま彼女から異能力を取り上げるのは、ちょっと違うのでは…とわたしが考えていると、不意におーいと聞き覚えのある声が聞こえた。
わたしが何の気なしに顔を上げると、目の前にコバルトブルーのウィンドブレーカーの上に黒い上着を羽織った少年…情報屋のミツルが立っている。
わたしはつい、えっ⁈と素っ頓狂な声を上げてしまった。
それから一週間。
クリスマスイヴという事で街中はクリスマスムードに染まり切る中、わたしはいつものようにショッピングモールの屋上に向かっていた。
とうとう”ヴァンピレス急襲作戦”の当日になってしまい、ネロ達からは会いに来るなと言われているものの、わたしは何となくでいつもの合流場所へ足を向けたのだ。
ネロ達は恐らくあの場所にはいない…そう分かってはいたが、もしかしたら皆いるかもしれないと思えて、わたしはついそこへ行こうと思ったのである。
エレベーターで屋上に上がり、休憩スペースと化している辺りを見回したが、ネロ達らしき姿は見えなかった。
「やっぱり、いないか…」
わたしは思わず呟く。
いない事は分かっていたけれど、いざ会えないと分かるとがっかりする。
ここ半年以上ネロ達とは毎週のように会っていたから、週末の習慣がこうも崩れると何だか寂しくも感じた。
…ネロ達は、今頃どうしているのだろうか。
わたしはそう思いつつ、屋上の片隅にあるベンチに座る。
「わたしは、ヴァンピレスから異能力を取り上げるだけで、全て解決するのかなって」
だから本当に皆は…とわたしは言いかけるが、突然目の前に黒い鎌の切っ先が突き付けられたので、驚きのあまり言葉が途切れた。
耀平、黎、師郎は微かに驚くが、異能力を発動させたネクロマンサーは…アンタ、と呟いて具象体の黒い鎌の持ち手を握りしめる。
「ボクらの覚悟に口出しするのか」
何もできない常人なのに、とネクロマンサーは続ける。
わたしはそんなネクロマンサーの冷たい目にどきりとして、何も言えなかった。
「…それに、これはボク達が決めた事だからな」
本来部外者であるはずのアンタに、あれこれ言われる筋合いはないとネクロマンサーはきっぱりと言い切り、具象体を消した。
わたしは呆然と立ち尽くす他なかったが、異能力を使うのをやめたネロがやがて、行こうと言うと、耀平達3人と共に路地を歩き出す。
わたしは何も言えないまま、彼らの背中を見ているしかなかった。