「え、耀平、霞さんにヴァンピレスの事話してもいいの⁈」
彼は一般人なんじゃ…とわたしは耀平に近付くが、耀平は、は?と振り向いた。
「霞は…」
耀平がそう答えかけた時、見つけたわよ‼と聞き覚えのある声が飛んでくる。
わたし達が声のした方を振り向くと、10メートル程後方にヴァンピレスが立っていた。
それを見て耀平はなっ!と驚く。
ヴァンピレスはうふふふふと高笑いをした。
「ネクロマンサーはわらわの分身で足止めさせてもらったわ」
これで貴方達を…とヴァンピレスはこちらへ歩いていくが、不意に辺りがもやに包まれる。
「⁈」
突然の出来事に、わたしは困惑した。
「何、これ…」
わたしは辺りを見回すが、白いもやが立ち込めているため耀平たちやヴァンピレスの姿がよく見えない。
それはヴァンピレスも同じようで、彼女は何ですのこれ⁈と慌てた声を上げていた。
ヴァンピレスに遭遇してから暫く。
ネクロマンサー以外のわたし達5人は、寿々谷駅の方へ向かって走っていた。
とにかく人通りの多い場所に出られれば、ヴァンピレスは攻撃してこないだろうという事で、人の多い大通りをわたし達は目指しているのだ。
「…アイツ、なんで急に襲ってきたんだ?」
細い道の交差する所で立ち止まりつつ、耀平がポツリと呟く。
「え、それは、わたし達をたまたま見かけて…」
わたしがそう言いかけると、耀平はまぁそうなんだろうけどと振り向いた。
「最近そういうの多いから気になるんだよなぁ」
耀平が呟くと、確かになと師郎はうなずく。
「たまたまかもしれんが、アイツは妙に俺達を襲いまくってるよな」
暇なのかねぇ…と師郎が後頭部に両手を回した所で、ねぇ、と霞さんが声を上げた。
「さっきのあの子って…」
霞さんがそう尋ねると、耀平があぁアイツ?と返す。
「アイツはヴァンピレス」
この街で他の異能力者の異能力を奪って回ってるやべー奴だ、と耀平は歩き出した。
それを聞いてわたしは驚く。
舞台は2013年3月,東京。
この街の球場で,WBCという野球の国際大会が開催されていた。
日本代表に接戦で敗れ,敗者復活戦のキューバ代表にも大差で負けて準々決勝に出られず悔し涙を流して終わった強豪国があった。
その国の名は台湾,戦前に日本の影響下にあった頃に持ち込まれた野球という競技が今も大衆娯楽として浸透している島国だ。
あの悔しい負けから11年が経った2024年,まずはこの島の中心都市・台北でドラマが生まれた。
日本のプロ野球で最も歴史の長いチーム,東京の巨人と現地のプロチーム2球団が親善試合を組んだ。
結果は,巨人の1勝1分。
それまでは日本選手相手だとなかなか勝てなかった中0-0で引き分けるほど守備と投手が張り切って、実力を発揮して見せた。
これが台湾野球の世代交代が成功した瞬間だった。
そして,迎えたその年のシーズンオフ。
世界ランクのトップ12カ国の代表だけが参加できる国際大会,プレミア12の試合が台北で開催された。
そこで圧倒的な成績を残した台湾。
一方,その大会のもうひとつの会場であり,決勝の会場でもあるスタジアムに新監督の指導のもと急成長を遂げたチームの姿があった。
そのチームとは,他でもない侍JAPANこと日本。ベスト4の総当たり戦の結果で1位と2位の代表が決勝でも対戦するというルールにより,「因縁の対決」が決定的になった。
そう,日本と台湾の試合だった。
総当たり戦では日本に軍配が上がった。
そんな中,決勝では日本代表の戸郷選手がホームランを打たれて失点。
そして,台湾の鉄壁の守備に阻まれて一点も取れずに日本は敗れた。
この瞬間,悲願の初優勝という波が感動の涙となって台湾全土を覆った。
そして,1人の日本人野球ファンの青年も、かつて少年時代に初めて父親に連れられて見た野球の試合が奇しくも台湾代表がキューバ代表に大敗したあの国際試合だった為当時と重ねて成長した台湾の優勝を心から祝う歓喜の涙を流したのだ。
あの感動を,俺は忘れない。
多謝,台湾!
立派に成長してくれてありがとう!
「ヴァンピレス‼」
何で出てきた⁈とネロが怒号を上げる。
「何でって、わらわは異能力を奪いに参りましたの」
貴方がたの、ね‼と不敵な笑みを浮かべながら、ヴァンピレスはその右手に白い鞭を出してわたし達に向けて振るった。
ネロは咄嗟に目を赤紫色に光らせて右手に黒い鎌を出し、それでヴァンピレスの鞭…具象体を受け止める。
「ネクロ‼」
耀平が思わず声を上げるが、ネクロマンサーは皆逃げろ!と叫ぶ。
「コイツはボクが、ここで食い止める‼」
ネクロマンサーは具象体の黒い鎌を振るって白い鞭を弾いた。
弾かれた白い鞭はヴァンピレスの元へ縮むように戻っていき、持ち主のヴァンピレスは不機嫌そうに顔をしかめる。
「あら、抵抗すると言うのね?」
その言葉にネクロマンサーは、当ったり前だぁ‼と言い返した。
「ボクらの大切な一部を、奪われてたまるかぁ!」
ネクロマンサーはそう声を上げると、ヴァンピレスに向かって駆け出す。
「…よし、今の内に逃げるぞ!」
ネクロマンサーがヴァンピレスを食い止めている姿を見てから、耀平はわたし達4人に声をかけた。
わたし、黎、師郎は静かに頷く。
しかし霞さんは状況が飲み込めていないのか、あ、うん…とぎこちなく返した。
そんな霞さんを見た耀平は、行こう!と彼の手を取って走り出し、わたし達もそのあとに続いた。
そういう訳で、わたし達は皆で霞さんを駅まで送っていく事にした。
寿々谷公園から寿々谷駅までは少し離れているので、わたし達はその道中ずっと話しながら歩いていく。
そんな中でも、黎は何かを気にしているようなそぶりを見せていた。
「へー、耀平くん、中学校では軟式テニス部に入ってるんだ~」
「まー適当にやってるだけだよ」
霞さんと耀平が楽しそうに話し、ネロと師郎はその様子を暖かく見守っている。
しかし黎は何かを気にしているようで、わたしの意識はそちらに向いていた。
一体何を気にしているのだろうとわたしが気にする中、黎が急に足を止める。
「黎?」
わたしがつい立ち止まって尋ねると、黎は後ろを向いてあれ…と呟いた。
「あれ?」
一体な…とわたしが言いかけた時、不意にうふふふふふと高笑いがわたし達の後方から響く。
わたし達がそちらを見ると、そこには白いミニワンピースにツインテール、そして赤黒く輝く瞳を持った少女が立っていた。
今日一度目は目が合った。
気のせいかもしれないけど、私にはそう見えた。
2度目は隣のクラスに前でのんびりしてた。
私の男友達と話してた。
3度目は後ろから走って通り過ぎていった。
貴方の起こした風がかかった。
4度目は下駄箱が開くのを一緒に待った。
ドキドキしすぎて、寒さを感じなかった。
考えすぎ?
でも、こんなに会えるなんてね。
ああ
私こんなままじゃ不釣り合いだな
ああ
前のあの子ならもっと真っ直ぐだったんだろうな
背中見ながら唇を噛むことが増えた
慣れた言葉や仕草のその全てに
私じゃない方が幸せなんじゃないかって
そんなことがよぎるから
また私は上手く笑えなくなる
「そろそろ日も暮れてきてるし、帰る事にしようか」
霞さんがそう言ってわたし達に背を向けると、えーもう帰るの~‼と耀平が声を上げる。
霞さんはそうだよ~と振り向いた。
「君達だって、そろそろ帰らないと親に心配されるでしょ?」
「まーそうだけど…」
耀平は不満げな顔をするが、霞さんはじゃーあー、と彼に近付く。
「僕の事寿々谷駅まで送ってくれない?」
その言葉に耀平の顔がパッと明るくなった。
「え、いいの⁈」
「うんもちろん!」
ギリギリまで一緒にいたいし~と霞さんは続ける。
「やったあ!」
耀平はそう言って嬉しそうに立ち上がった。
霞さんはふふと微笑んだ。
友達見ている運動会
大声出した子1等賞
腫れ物触らずまた明日
いいないいな多様性っていいな
みんなでなかよく耳塞ぎ
優しく頷き過ごすんだろな
鳥さん見ている運動会
日和見できた子1等賞
波風立てずにまた明日
いいないいな多様性っていいな
みんなでなかよく目を逸らし
地平の果てを臨むんだろな
いいないいな多様性っていいな
みんなでなかよく目と目を合わせ
次の“普通”を探すんだろな
僕も帰ろう、子供に帰ろう
でんでんでんぐり返ってバイバイバイ
「何だか彼を見ていると、昔の自分を見ているみたいな気分になってくるんだよ」
霞さんが不意に言い出したので、わたしは目をぱちくりさせた。
霞さんは続ける。
「昔の僕もあまり慣れない人の前ではビビってる事が多かったからさ」
あんまり友達がいなくて…と霞さんは頭をかく。
「でも耀平くんに出会って、少し変われたんだ」
霞さんはふふと笑った。
「耀平くんは昔から明るくて、何だかこんな僕にもよくしてくれて、すごく嬉しかった」
だから僕も、人が怖くなくなっていったんだろうね、と霞さんは微笑む。
わたしや師郎は黙ってそれを聞き、隣のベンチにすわるネロと耀平も静かにこちらを見ていた。
「ま、そういう訳で、僕は変われたんだ」
霞さんは笑う。
わたし達はそんな霞さんの様子を見ているばかりだったが、やがて彼はさて!と手を叩いた。