花冷えの春宵 湖にて
揺られよ揺られよ朧月
貴方は春疾風の如く
脆く淡く消え去りて
されど我 今日も貴方待つ
嗚呼 貴方は春霞
鏡花水月 移ろい行く影の如し
花信風になりて
我のみどり髮掻き乱す
貴方現ると我の心凍て解け
されど貴方陽炎となりて
我の心 凍て返る
懐かしゅうは光風 木の芽時
春嵐の如く這ってきたかの方
それゆえ我が花手折られて
浴びるはかの方の吐息のみ
恋しゅう想ふは貴方のみ
運命の輪は我を許さぬのでしょう
貴方を想ふ我の恋心を
嗚呼 我は春時雨
我 春茜になりて
春雲 春霞となった貴方と
ふたりで寄り添いたい
されど 所詮春の夜の夢の如し
水に映る恋となるのでしょう
貴方と共に居れば
芳春となる春
貴方と共にいなければ
春情などありはしない
嗚呼我の心未だ春陰
貴方と紅糸を結べば
我の心 芳春となる
艶陽な日々 乱れ咲く桜花
嗚呼 そんな日々があれば良いものを
嗚呼 我は春時雨
我が裾に流るる涙になりて
春愁の果てよ
何故 叶わぬの 我が願い
嗚呼 この我に
回春などするのであろうか
貴方を忘れられぬ
春時雨で濡れた羽衣の肌が
現代語訳(解説)
少し肌寒い夜に(日が暮れてすぐ)湖のほとりで
霞んだ月が(湖に移って)揺れている
貴方は春疾風(春に吹く強い風)のようにどこかへ行ってしまった
だけど私は今日も待っています
貴方は春霞のように消えてしまうのですか
儚い幻なのですか 移っては消える影のような
花が咲き始める頃の風に乗り
私の髪(髪は心を表す)をかき乱したままで
貴方が現れたら私の心は凍て解け
(凍て解けとは凍っていた大地が春が来て解けること。ここでは貴方が来ると固まっていた私の心が温まって溶ける、という意味。)
貴方が陽炎のように消えてしまうのなら私の心は凍て返る
(凍て返るとは一旦ゆるんだ寒気が元に戻ること。ここでは貴方が陽炎のように消えてしまうのなら私の心もまた固まってしまう、という意味。)
雨上がりに輝く草木の上を渡る優しい風や、樹木に新芽が出たりするのを楽しんでいた頃が懐かしいな
だけど突然春の嵐のようにある男が私の元へ来て強引にある男と結ばれてしまった
(手折られるには女性を自分のものにするという意味があります)
好きなのは貴方だけなのに浴びせられるのはあの男の吐息だけ(対句)
だけど貴方を好きなのはきっと運命の輪も許さないのでしょう
私はにわか雨のように突然貴方を好きになることを許されなくなった
だけど本当は春の夕焼けが綺麗な空になって
消えそうな貴方と共に寄り添い春を彩りたい
けれど春の夜の夢(短いものの例え)のように水に映る恋(鏡花水月と同じ意味で、見えるけど触ることのできない恋、つまり叶わない恋)となるのでしょう
貴方と共にいることができるのなら花が盛るような春なのに貴方と共にいられないなら春情(色情や色気という意味)なんてない
私の心はまだ曇りがちな春のようだわ
貴方と赤い糸を結べたら私の心は花が盛る春になる
華やかな晩春(春の終わり)とか咲き乱れている桜とかを眺めるような日々があればいいのに
私は春時雨のように涙を流すの
私の袖に流れた涙は春の日の物悲しい気分なのに
なんで私の願いは叶わないの
私にまた好きな人ができるのでしょうか
(回春とは春が巡ること、ここでは華やぐ春がまた来るのか、という意味。)
貴方を忘れられずに泣いた涙(春時雨)で濡れた衣を着たままの私に