今貴女はあの湖にて
揺られる朧月と我を幾重にも重ね
我 春疾風の如く立ち去りて
貴女の事も恋しゅう思ふ
されど貴女より愛しく想ふ人がおります
嗚呼 貴女は春時雨
雨に濡れし貴女は
まさに春情なり
貴女の髪に花信風の花は似合うでしょう
我陽炎となりても
貴女が我を恋しゅう想ふでしょう
忘却の彼方に消えるのを願ふ
貴女はもうかの方のもの
我の花など光風の彼方へ
されどこの春愁は如何に
我愛するあの姫の吐息を浴びつつ
心の中に穴あり
たとえ我が貴女を未だ恋しゅう想ふても
運命の輪は我を許さぬ
嗚呼貴女は春時雨
春の夢とお思いください
我 貴女を恋しゅう想ふ
されどもう忘れたいとも想ふ
水に移り触れぬ恋 鏡花水月
嗚呼 貴女は春時雨の如く
我との芳春などすぐに止むでしょう
嗚呼 貴女は春時雨
桜花が咲き乱れても
春時雨は降り続けるのでしょう
されど貴女の涙で出来た
羽衣を後ろから抱きしめたい
そう想ふのもまた春の夢
現代語訳(解説)
今貴女はあの湖で
朧月と僕を重ねて恋しく思っているのでしょうか
僕が花信風のように
さらっと立ち去っておきながら
貴女の事を好きだと思ってしまいます
けれど実はもっと愛している人がいるのです
貴女は春時雨のようになんと儚いのでしょう
雨に濡れている貴女はまさに色っぽいですね
(僕が吹かせた花信風が運んできた花は)
きっと貴女の髪に似合うでしょう
きっと僕が陽炎のように消えてしまっても
貴女はまだ僕のことを好きでいるのでしょうが
出来れば忘れてください
貴女はかの方のものだから(「僕」は「貴女」の彼氏が「かの方」だと思っている)
僕の花は雨上がりに草木の間を吹き渡る風に吹き飛ばされてしまったのでしょう
(春霞では光風は懐かしいものの象徴だが、春時雨では爽やかだからこそ全てを忘れさせる風としての描写)
ならこの寂しい気持ちは何ていう気持ちだろう
愛する姫と(肉体関係を)結ばれてもどこか寂しい
もし僕が貴女の事がまだ好きだとしても
運命の輪は僕を許さないのでしょう
貴女を想っていられたのは春時雨のように短い時間でした
どうか春の夢と思って忘れてください
貴女を恋しく思うけれど
苦しい恋はしたくないのです(忘れたい)
(水に移り触れぬ恋→叶わない恋=鏡花水月)
↑この関係を改めて示している
貴女との芳春は春時雨のように短いでしょう
貴女は春時雨のように美しい
桜がどこかで儚く咲き乱れても(=理想の日々)
この想いはきっといつまでも抱えていくものなのでしょう
(止まない春時雨=揺らぐ貴女と姫への想い)
けれど貴女が泣いている時に貴女の羽衣を後ろから抱きしめて慰めてやれないのを悲しく思う事もきっと少なくなって行くのでしょう