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プロポーズ

 日本は妖怪大国である。
 妖怪というと前近代の社会の妄想の産物のようにとらえがちだが、現実に存在する。
 最近わたしが知った妖怪は、誕生日を祝う妖怪である。



 あなたは地方から上京したばかりの新入生の女子。サークルに入ったものの、極度の人見知りなので、まだ友だちができない。今年は誕生日をひとりぼっちで過ごすことになる。あなたは誕生日当日だと室料が無料になるカラオケボックスで、一人カラオケでもしようと街に出る。
 雨の予報だったが、晴れている。幸先がいい。角を曲がろうとしたとき、ゆらり、長身の男が現れ、行く手をさえぎる。
「誕生日おめでとうございます!」
 満面の笑みを浮かべて男が言う。もちろんあなたは硬直してしまう。男はそんなあなたの態度に頓着せず、赤いリボンのかかったプレゼントを渡す。プレゼントは大きすぎず小さすぎず、かさばらない、ちょうどいい大きさだったので、あなたはつい受け取ってしまう。
 男はプレゼントを手にしたまま、放心状態になっているあなたに向け、バースデーソングを歌う。あなたの名前が出るとあなたは、はっと我に返る。歌い終えた男は、実にあっさりと背を向け去る。雨が降り始める。
 サプライズなのか、意地悪ないたずらなのか。あなたはしばし、もやもやするが、すぐ忘れる。あなたは忘れっぽいたちなのだ。プレゼントはほどかれぬまま大学を卒業するまでクローゼットの中に放置されるが、引っ越しの際、荷物にまぎれてどこかに消えてしまう。
 数年後、あなたは合コンの席にいる。あなたの前には、中性的なイケメンが座っている。あなたと彼は意気投合。解散後、二人きりでバーに入る。
「心の発達の遅い子どもは言語の発達も遅いってきいたことない? 言語と感情ってのは密接に結びついていてね。僕の友だちで、四歳から高校卒業まで中国に住んでた女の子がいるんだけど、そいつは愛してるって言われるより、ウォーアイニーって言われたほうが刺さるらしいんだな。かなちゃんは関西出身だから関西弁で告白されたほうが刺さるんじゃない?」
「わたしは、関西弁でも標準語でも、自分の好きな人なら」
「愛してるよ」
「嬉しい」
「結婚しようか」
「うん」
 彼はただプロポーズするだけの妖怪なので、結婚することはできない。

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