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握手

桜はもう散ってしまって
葉桜には少し間があって
あなたを待つ喫茶店で
昔のことを思い出す。

あなたは時間ちょうどに来て
「呼び出したりしてすみません」
と、私に手を差し出し握手を求めた。
少し身構えたのは、昔を思い出したから。


弱々しくなった、その握手は
まるで病人に対する握手みたい。
その大きな手は柔らかくなっていた。



きっとどんな道を選んでも人は死にゆくのだけれど。いざそれがやってくると、いやに悲しくて。
きっとどんな道を歩んでも、天国などないのだけど。いざ目の前に死の扉があると、信じてみたくなる。


闇市で売った靴下や
勝手に売り払った絵本たちで
訪れたクリスマス、東京の街
その後のあなたの平手打ち

「彼はいけない運転手です」
そう言って笑うあなたの
手元のオムレツの減らなさに
少し不安になる。


冗談じゃないぞ、これじゃまるで遺言を聞くため呼び出されたみたいだ。
少し寂しくなって強く握手交わした。


きっとどんな道を選んでも人は死にゆくのだけれど。いざそれがやってくると、いやに悲しくて。
きっとどんな道を歩んでも、天国などないのだけど。いざ目の前に死の扉があると、信じてみたくなる。


潰れた人差し指の爪や
大きな体やその手
天使達を守るために
使い切ったのですね
あなたきっとそうなのですね。


きっとどんな道を選んでも人は死にゆくのだけれど。いざそれがやってくると、いやに悲しくて。
きっとどんな道を歩んでも、天国などないのだけど。いざ目の前に死の扉があると、信じてみたくなる。

信じてみたくなる。

  • 握手
  • 井上ひさし
  • ルロイ修道士
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