屋上のフェンスを越えて、端っこに立ったまま、フジサキ・サエコは言った。
「あたしね、誰もやってないことやろって思ってたんだ」
「ふぅん」
「でも、そんなのムリ」
「なんで」
「世界一周も宇宙旅行も殺人も自殺もぜーんぶ誰かがやってる。二番煎じ」
「だからそこから飛び降りようとしてるの?」
「そんな感じかな」
「早く戻ってきなよ」
「いやでーす。生きる希望もないし」
「希望がないから死ぬの?」
「人間は希望なしじゃ生きてけないの」
「ふぅん」
「あんたも、人が死ぬとこ見たくなかったらさっさとどっか行きなよ」
「あるよ」
「え?」
「誰にもやってないこと、あるよ」
「なによ、言ってみて」
「君が生きること」
「意味わかんないけど」
「どんな景色も、君の目では誰も見てない。どんな事件も、君の手では起こってない。それに君は長ーい歴史のなかで、たった1人しか生まれてない。つまりさ、君は今まで、誰もやってなかったことしかしてなかったんだよ。それ、ここで終わりにするの?」
フジサキ・サエコは黙ったまんまだった。