むかし、ドラゴンに悩まされている村がありました。たまにドラゴンがふらっとやってきて、村から若い娘をさらってしまうのです。
そこで、若者たちのなかで一番屈強なのが骨董屋で手に入れた剣を腰に差し、ドラゴン退治に出かけることになりました。
「ドラゴンをやっつけたら記念に牙をみやげに持ってきてくれ」
「オッケー」
たいまつの火を頼りに洞窟の奥に進むと、ドラゴンはいました。近くで見るドラゴンは思ったより凶暴そうで、若者はすくみあがってしまいました。
「お前を退治しに来た」
ふるえる声で若者が言いました。
「ああそう」
ドラゴンの返事が洞窟内に響くと、若者は腰に差していた剣を捨ててしまいました。
「お前もか……わたしを真近で見るとほぼほぼみんな身体的脅威または脅威、暴力臭、それらに由来する恐怖の裏返しによって愛、尊敬の念がわいてきてしまうストックホルム症候群のような状態に陥る。心拍数を増加させるホルモンが分泌されそこにさらに種々のホルモンが分泌された結果だ。やはり人間なんて生理現象の奴隷にすぎんのだな」
若者は剣を拾いました。
「若い娘をさらうのはやめてほしいです」
少し涙目になって若者が言いました。
「さらってない。合意の上だ」
「じゃあせめてもう少し年かさの女性をねらってください」
「中年女を見てもむらむらしない」
「とにかくもうやめてくださいよ」
「そうだな。そろそろ飽きてきた」
「何かべつの趣味を見つけるといいです」
「恋を重ね、女性に対する幻想が消えるころ、狂おしい欲求はなくなり、それにともないすべての欲が衰えてゆく。もう生きるのにも飽きた。その剣でわたしの眉間のあたりを刺してぐりぐりやってくれ」
「……できません」
「やれと言ったらやれ!」
「うわあああ!」
ドラゴンの牙を持って村に帰った若者を、村人たちは大歓声で迎えました。若者の股間が濡れていて、ちょっと変なにおいを発していることにはもちろん誰もふれませんでした。
若者には当然若い娘がたくさん寄ってきましたが、若者が相手にすることはありませんでした。ドラゴンの言葉が心にこびりついていて、恋愛する気になれなかったのです。
どうですか。身につまされる話でしょう。ではまた。