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低音

 台風が横切り、涼しくなった。夕方、目覚めると、わたしは蛙になっていた。とりあえず、けろけろ、と鳴いてみた。わたしの鳴き声は低く、いい声だった。調子に乗って、けろけろ、けろけろ、鳴いていると、雌の蛙が近づいてきた。雌の蛙はわたしよりはるかに大きく、少し、恐怖を覚えた。わたしは雌の背中に乗り、産卵を手伝った。手伝ううち、わたしの身体は雌の背中にめり込んでゆき、最終的に目だけを出す格好になった。産卵を終え、じっとしている雌をねらって蛇が近づいてきたのだけれど、雌はじっとしたままで、一体化して動けないわたしは雌と一緒に、のみ込まれた。
 気づいたら、バツイチ子持ちと暮らしていた。男の子が二人。上は高一、下は中一。
 しばらくして、財布のひもは、嫁──入籍していないから法的には嫁ではないが──が握ることになった。こづかい制になったのだ。わたしひとりでの外食は禁止。社員食堂も利用してはいけないと言われ、弁当と水筒を持たされた。身体に悪いからジュースは禁止。もっとも毎日ジュースを飲むようなぜいたくができるほどの金は渡されていなかった。こづかいを切りつめ、たまに会社帰りにコンビニで買って飲むビールがしみた。
 下の子どもが大学を卒業するころ、ガンが見つかった。末期だった。わたしは半年後に死んだ。
 わたしの遺骨を墓に納めると、嫁は墓にすがり、泣いた。後追い自殺でもしそうなぐらいに号泣していたが、さんざん泣いたらすっきりしてしまったらしく、以来、嫁の顔は見ていない。

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