子どものころ、浦島太郎の話をきいたとき、とてもショックだった。
竜宮城で楽しく過ごしてたらえらい月日が経っていたこと。さんざんちやほやしてくれた乙姫様からもらった玉手箱を開けたら老人になってしまったこと。なんて不条理な話なんだ(こんな難しい言葉ではもちろん考えなかったが)と思った。
だがいまは違う。
そもそも浦島太郎の暮らしていた漁村なんていくら年月が経ったところで大した変化はないだろう。
でもさー、知ってる人がみんな死んでたら嫌じゃん、なんて考えるのはナンセンス(昭和のフレーズだ)。そんなことがつらいと感じるような人物だったらすぐにホームシック(これも昭和のフレーズか)になって帰っていたはずだ。
だいたい竜宮城でさんざん楽しい思いをしたあとに漁師の生活に戻れんのか。
キャバクラと高級ホテルが融合したような施設で過ごしたあとにだ。
いい若者が思い出に生きるのはつらい。
思い出と思い出話は老人にこそふさわしい。
浦島太郎は実は玉手箱をもらった時点でわかっていたのかもしれない。玉手箱の中身と、乙姫の最後までゆき届いたサービスを。
こんなことを暗い部屋で考えているとますます昭和になってしまうので出かけようとドアを開けたらミシシッピアカミミガメがいた。いわゆるミドリガメだ。猛暑のせいかぐったりとしている。いや、カメだからぐったりしてんだかどうなんだかははっきりとしなかったが──ミシシッピー州、関東より暑そうだし──水分は必要だろうと、とりあえず心優しい俺はコップに水をくんできて、かけてやった。
するとどうだろう。カメは俺に礼を言ってから、ついてきてくださいと俺をうながした。俺は素直にしたがった。なぜかってーと暇だから。
けっこうな距離を歩くと沼が見えた。カメが沼に入った。あまり気が進まなかったが、まあここまで来たのだからとあきらめて俺も入った。
岩かげから女が出てきた。カメに、乙姫だと紹介された。まあまあのブスだった。
しょうがないよな、沼だから、と、俺は乙姫につがれた麦焼酎を飲みながら、コイやフナの素人くさい踊りをぼんやりとながめた。