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さよならのない別れって、刃のないギロチンみたいだ

妻に子供が出来たんだ。私を蕩かすためだけに存在していると思っていた声が、一文で二度分私を打ちのめした。左耳に寄せていた液晶が急に冷たい。そう、お幸せにね。せっかく諦めを知っている大人を気取れたのに、彼の返事を待たずに通話を切ってしまったせいで台無しだ。私は天井を仰ぐ。

薬指の寂しい左手に握ったままの携帯が、いやに掌に馴染まない。きっと彼と私もこんな感じだったのだろう。だって彼の薬指は寂しくなんかなかった。いつも嵌めていたあの手袋だって、家庭の跡を隠すための代物に過ぎなくて、──サンタクロースみたいにさむがりやなのかと思っていた。闇の中で絡めた裸の指先は、あんなにも熱かったというのに。



仕事で失敗をした。終電に揺られながら目を閉じるが、上司の罵声とお局の舌打ちが頭の中を回って止まない。ぐるぐる忙しいそれは洗濯機のようなのに、なんにも綺麗にしてはくれなくて、私は瞑った瞼にぎゅっと力を込める。と、すぐ横に体温が腰掛けた気配を感じた。

他にいくらでも席を選べる状況で、見るからに疲れきった女の隣に座るなんていい趣味の持ち主だ。ご尊顔を拝んでやろうと目を開けると、見覚えのある横顔が在った。残業の長引いた日、酒に連れ回された日、終電で必ず乗り合わせる男だ。

きっと男も私のことを覚えていた。だって今日に限って一度も視線が絡まない。持ち主の判明した温もりは途端に心地よくて、私はその肩に凭れ掛かった。所在なく膝の上に置いていた手に、黒の皮をまとった男の掌が重なる。そうして彼の名前を知ったのは、彼の服の中を知った後だった。



太い骨を思い出す。硬い肉を思い出す。厚い肌を思い出す。薄い唇と、その隙間から漏れる濡れた吐息を思い出す。

妻に子供が出来たんだ。柔らかな言の葉で出来た尖りが、チェーンソーみたいに頭の中を回って止まない。ぐるぐる忙しいそれは洗濯機のようでもあるのに、なんにも綺麗にしてはくれなくて、──涙が零れた。私と奥さんとの違いなんて、きっと永遠を誓ったか誓っていないかの差くらいだというのに。貰ってきたばかりの桃色の手帳に携帯を叩きつけて、膝を抱える。

子供が出来たんだ、なんて。
そんなの、私もなのに。

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  • とても綺麗な文章…真珠さんの選ぶ言葉のひとつひとつが素敵です。繰り返し読んでしまいました。
    確かな芯がちゃんとあるのに、今にも崩れそうな儚さに切なくなります。

    数年の違いってこんなに大きいものかなと思ってしまいました(笑)
    お姉さんって感じだあ…。

  • 真珠さん、お久しぶり。
    相変わらず泣かせますねぇ…ほんと、罪なんですよ。男って存在は。

  • ちょっぴり成長したピーターパンさん、レスをありがとうございます。もったいないお言葉!とっても嬉しいのですが、私なんかの書くものにも美しさを見出してくださる、貴女の感性の豊かさに助けられてるところが大きいと思います。笑

    お姉さんって呼んでもいいのよ。なんちゃって。ろくでもないから秒で調子に乗ってしまう。



    シャアさんだ、お久しぶり。レスをありがとうございます。相変わらず爪先の考える恋は報われないし、爪先のつくる世界は小惑星がぶつかって滅びます。

    おっしゃる通り、男の人って罪だからね。上手に共犯者になれなかった女は罰を受けてしまうよね。

  • レスに重ねたレス返し、すみません。
    ちょっと嬉しすぎていてもたってもいられなくなってしまいました…!笑
    ここでは年下の子の方が多くて、先輩方と関われることがすごく嬉しかったりする私です。
    お姉さんって呼んでも良いのですか!?じゃあ、真珠姉さんて呼ばせてもらいます…!ふふ、嬉しくてにやけちゃう。

  • ちょっぴり成長したピーターパンさん、またまたレスをありがとうございます。いざ呼んでもらうとなるとちょっと照れくさいのですが、にやけてくれちゃうピーターパンさんが可愛らしいのでオールオッケーです。

    何日と空けずに顔を出したり長いこと来れなかったりと波の激しい真珠姉さんですが、よろしくね。笑