「いや、それがさ。もう信じるしかないというか……? 」
「それはどういう? 」
「さっきの話にその”魔女”が壁に入り込んだって言ったじゃない。そのことで」
そう言って八式は、店の壁際のテーブルを指さした。
「ちょっと前にあそこに座った時があったんだけど」
「え、八式っていつもカウンターに座ってると思ってた」
「その時はカウンターにまあまあ人がいたから。勉強に集中できそうな壁際に席を取ったのよ」
「八式が勉強してる姿なんて見たことない……」
「美澄が店番じゃないときよ。それでその時に」
彼女の顔がふたりに見えなくなるように八式は両手を前にかざした。
「勉強がひと段落して、私が机から顔をふと上げると――」
かざしていた両手を開き、顔を前に突き出す。八式の整った顔があらわになる。
「――いたのよ。その”魔女”が」
その席の目の前には、壁しかない。
え、まさか。
「……それは窓から顔を覗かせていた、とかではなく……? 」
先ほど指を指されていた席の壁には窓なんて見当たらない。なにより、八式のジェスチャーが”魔女”がどうやって彼女の前に現れたのかを雄弁に物語っていた。
「……壁から……生えてきた、みたいな……? 」
美澄の言葉に、思わず苦笑いを漏らす八式。
「三角帽に地味なローブ、白い髪だったから、ほぼ間違いない」
ほぼ、というが、普通人間は壁から生えてこないので、そういうことだろう。
八式はすでに、衝撃的すぎる対面を果たしてしまっていたらしい。