「あったかいコーヒーと冷たいコーヒー、どっちがいい?」
両手に紙コップを持った柏木乃恵瑠(かしわぎのえる)が日向陽翔(ひなたはると)にたずねた。秋の昼下がりの研究室。昨日も遅くまで実験していたらしく、陽翔は椅子に腰かけたまま伸びをして、「冷たいの」と眠そうな声でこたえた。
「乃恵瑠は地元どこだっけ?」
コーヒーを受け取りながら陽翔が言った。陽翔の質問はいつも唐突だ。
「お父さんは京都、お母さんは神奈川。どうして?」
湯気の立つカップに息を吹きかけながら乃恵瑠が言った。
「性的な魅力のある人は遺伝情報に多様性があるそうだ。両親の出身地が物理的に離れているということは遺伝的距離も離れている可能性が高い。つまりその子どもは遺伝情報に多様性が生じる可能性が高いということになる」
「わたし、魅力ある?」
乃恵瑠がそう言うと陽翔は、「大したことない」と言って立ち上がり、散らかった机をごそごそやり出した。
「そういうふうにはっきり言っちゃうところが理科系なんだよなぁ」
乃恵瑠はそう言ってくすくす笑った。
「なあ」
「うん?」
「やっぱりあったかいの飲みたいわ。取り替えて」
「えー、やだよ」
「いまあったかいコーヒー飲むと、いいアイデアが出るってお告げがあったんだ。頼むよ」