「何それ。……いまどんな研究してるの?」
「DNAの鎖で立方体を作ってる」
「そんなのただの折り紙じゃん」
「その立方体を既存の乗用車のパーツに置き換えて組み立てたらどうだ?」
「……小さな、乗用車ができる」
「そうだ。つまりナノ乗用車ができる。その乗用車にやはりDNAの鎖でできたマニピュレータをつける。その車両は特殊な変異を遂げた細胞を取り除くようにプログラムされている。それを人間の体内に入れたらどうなる?」
「ガン細胞などの変異体をやっつけてくれる」
「ピンポイントでな」
「そんなのまだ先の話でしょ」
乃恵瑠はすっかり氷のとけたコーヒーを飲み干して言った。陽翔の目が光った。
「何だか、身体が、変」
乃恵瑠の様子に頓着せず、陽翔が立ち上がった。
「先の話じゃない。試作品はできている。だが量産ができなかった。量産できなきゃ従来の高額な治療費の壁をぶち破れない。これじゃ意味がない。だが画期的な方法を僕は見つけたんだ。マシーンは人間の細胞で作られている。人間の細胞に親和性がいちばん高いのは人間の身体だ。君が飲んだのは酵素入りのコーヒーだ。君はナノマシーンの工場になるんだ。悪く思わないでくれ。ひとりの犠牲で世界中の億単位の人たちが助かる」
と、言い終えるか言い終えないかのところで陽翔は血を吐きくずおれた。
「あっはっはっはっはっ」
「⁉︎」
「あなたが書類の束に忍ばせておいた試験管の中身、あれはただの水よ」
「何だと」
「あなたのいる前で堂々とすり替えたのに話に夢中でまったく気づいてない。シングルフォーカスしか持たない典型的なオタクね」
「なぜだ……」
「死ぬのやなんで。ま、わたしも女、告白欲求が強いから教えてあげるわ。どうせあなた死んじゃうんだから。わたしは某国の製薬団体に雇われた工作員なの。製薬メーカーの抗がん剤の売り上げってわかる? 風邪薬なんて目じゃないわ。あなたの開発した技術が出回ったらどうなるか、わかるでしょ。じゃ、おやすみ。あっはっはっは。あっはっはっはっは。あーっはっはっはっ」
夜はめっきり冷え込むようになりましたね。皆さま、ご自愛くださいませ。