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古時計

始め、時計が一つあった。
古びた時計は奥深い音を響かせ時を刻む。
 こつ……こつ……こつ……
ゆったりと心地よい低音が時を忘れさせる。
秒針は廻り、永遠のような時が過ぎていく。
ここで一人物思いに耽るのが私のお気に入りの時間であった。

いくらかが経って、時計は二つになっていた。
シンプルなデザインの新しい時計。
 こつ……こつ……こつ……
 かっ、かっ、かっ、かっ
古びた時計が遅いのか、新しい時計が早いのか。
ステップの異なるダンスを、しかし二つは楽しそうに踊っている。
二つの弾き出す音色は、珈琲の香りと混ざり合って消えていった。

また幾許かが経ち、時計は天を埋め尽くすほどであった。
無限の蒼穹に連なる時計たちはみな同時に秒針を刻み、万軍の行進のような大音響を打ち鳴らす。
 カチ、カチ、カチ、カチ
 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
 タッ、タッ、タッ、タッ
 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン
 カッ、カッ、カッ、カッ
 こつ……こつ……こつ……
ひとつだけ違うテンポの音がかすかに聞こえる。
奥深く、ゆったりとした声音。
あの古びた時計は独り寂しそうに時を刻んでいた。


幾星霜の時を経て、古びた時計はいなくなった。
あの古びた時計は長年の時が狂わせた歯車が調節され、今は万の時計とともに何千何万とも知れぬ回数の針を叩くばかりであった。
古びた時計は、もう自らのテンポを忘れてしまったのだ。

白銀の老人は古びた時計を見つけると、哀しそうにその縁を撫でた。
もう私の時計はいなくなってしまったのだ、と。

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