「○○、お前はいま、危ない橋を渡りかけている」これは、高1のときに公園のベンチで担任の先生に言われた言葉だ。
努力がいつも苦しいとは限らない。よく「努力」と「苦労」を同じような意味で使っていたりする。そのせいか、"努力=苦しむもの"と思い込んでしまいがちだ。しかし、ひょっとすると、それはただ「退屈」なだけなのかもしれない。ただ「面倒」なだけなのかもしれない。「退屈」や「面倒」といった気持ちは「苦しい」という気持ちと似ている気がする。もしかすると、それらはその時々では判断がつかないものなのかもしれない。