「ほんで、はっきのはなひのふどぅきなんだけど」
「なんて言ってんのかわかんないわよ」
口一杯にパイを詰め込んで話すアーネストを、シェキナが窘める。アーネストは近くの雪を一掬いすると、口に含んで流し込んだ。
「っん゛、さっきの話の続きなんだけどさ」
「さっきの話って?」
「ほら、君は僕のことよく知ってるようだけど」
「ええ、アーネスト・アレフさん」
「だから、イナイグム・アレフだっての」
「ああ、そうそう、イナイグマレフ」
「うん、けど、僕は君のことなんにも知らないなって」
「アーネストのスペルってErnest?」
『Ahnest』
「あら、そうなの」
「えっ、いましゃべったの誰?」
「さあ、なんだか上から聞こえてきたけど」
ちなみにこの世界に英語の概念はない。彼らが喋るのはフレア語である。
「て言うかそんなこと訊いてない。僕が知ってるのは、君がシェキナ・アビスタシだってこと、貸馬屋の娘ってこと、僕と同じ経済学の講座をとってるってこと」
「それだけ?」
「それだけ」
「それはひどい話ね」
あぐらを組んでいた足を投げ出し、少し仰け反ってシェキナが言った。
「私はあなたがネウヨルク出身ってことも知ってるのに」
「いやごめんっ...てなんで僕の故郷知ってんだよ」
「ライネンさんに聞いたわ」
「おしゃべり......」
「ともかく、別に私のことをわざわざ話すこともないわ。どうせ二週間近く一緒なんだし」
「確かにそうだけど、なんか不公平って言うか...」
「そんなことないわよ。あなた、私の故郷知ってるでしょ?」
「......ソルコムだろ?」
「ほら、おあいこじゃない」
「うーん、なんか煙に巻かれた気が...」
アーネストは焚き火の火をつつきだした。火の粉が再びパッと上がる。
「ま、良いか」
「わかってくれたならいいわ。それより、この間来てた旅の楽士、あの人凄く良くなかった?」
「ああ、覚えてる覚えてる、盲目の六弦琴弾きだろ?」
「そう、私あの声どこかで聞いたことが......」
夜は更けるばかり。焚き火が崩れて、三度火の粉を上げた。