たそがれどき。ハイタワーマンションのエントランス。たたずむ黒いスーツの男。白いワンピースを着た、長身細身の女が入ってくる。女が男に歩み寄る。
「あの、すみません」
「はい。何か?」
男が怪訝そうな目つきで女を見てこたえる。
「道に迷ってしまいまして、今晩泊めていただけないでしょうか」
「この先にビジネスホテルがありますよ」
「お金がないんです」
「はあ」
「お願いします泊めてください。何でもしますので。機織りが得意なんです」
「ああ、そういうの、うちは間に合ってるんで」
「……実は……わたし、先日助けていただいた鶴です」
「鶴を助けた覚えなどない」
「またまたあ。助けたでしょ」
「助けた覚えなどないって言ってるでしょ」
「とにかく助けていただいたんです」
「しつこいなあ。警察呼びますよ。どこかほかあたってくださいよ」
「そんなわけにはいきません。助けていただいたからには恩返ししないと」
「だから助けた覚えなんかないんだって」
「いいからいいから。あ、ほら、お金もうけしたくありません?」
「こう見えて僕は年収百億だ」
「お金はいくらあっても困らないでしょ? もうけさせてあげるからさぁ〜。泊めてよ〜」
「駄目だと言ったら駄目だ。金もうけの才能があるんなら自分のためにつかいたまえ」
「ああそうですかっ。なんだよっ。ばーかばーか」
女去る。奥から男の秘書らしきが出てくる。
「会長、いまのかたは」
「うん。どうも鶴の化身らしいんだ。本当かな」
「まさか」
秘書が長い牙を見せて笑う。
「そうだろうな。鶴が狼のにおいに気づかぬわけがない」
「会長、尻尾が見えています」
「これは、わたしとしたことが」
「お疲れのようですね」
「罠にかかったのを助けてもらった恩返しにちょっと手伝っただけのつもりがこんなに大きな企業に発展させてしまうことになるとは。もうやめようにもやめられない。困ったもんだよ」
黒いスーツの男が、苦い笑いを浮かべた。