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もののけがたり

夜とも朝ともつかぬ淡い色をいっぱいに湛えた明け六つ、まだ微かに寝息が聞こえる長屋に面した細い路地に若い女の絶叫がこだまする。
女はへたりと地べたに尻もちをつき、片手で口を押さえながら震える体を辛うじてもう片方の手で支えながら後退りしているところだった。
「ひっ、人が…人が死んでっ……!」
女が指差す方には、仰向けに倒れている男がいた。目をかっと見開いているが、ぴくりとも動かない。気付けば背後にはわらわらと人が集まっていた。
「死人か?」「誰か死んだのか?」
「待て、こいつ、息をしている。」
男の鼻に掌をあてると、ゆっくりと呼吸をしていた。瀕死の呼吸、というよりは寝息のようなものだった。
野次馬がざわめく。ひとりの野次馬が言った。
「おい、こいつ、なんだか酒臭くねぇか……?」
そう言ったのはなかでも異常に鼻が良いことで有名な男だった。言われてみれば今更だが、酒臭いような気がする。一瞬の静寂が落ち、次の瞬間には大きな笑いが巻き起こっていた。
「ひっ、ひひっ、なんだぁ酒飲みが酔っ払って寝てただけじゃあねぇか大袈裟な!」
「いやぁーそれにしても、目を開けて寝る輩がいたとは。」
確かにそうである。目を開けて寝る奴なんてそうそういるものではないだろう。しかしこのまま寝かせておくわけにもいかない。
「ほらお前さん、起きな。」
男の脇腹をぽんぽんと叩く。男は余程酔っているのだろう、全くもって起きる気配がない。
しかしその瞬間、不意に男の眼球がにゅるりと一回転した。全員が息を飲む音が聞こえた。
この世のものとは思えない不気味さに空気が震える。

しかしそれ以前にひとつ、気付いてしまったことがある。左目の下の泣きぼくろ。その斜め下の頬についた小さな古傷。
見れば見るほど、その姿形は自分自身ではないか……。

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