なんでしたっけ。そう、その男の話です。その不思議な男は、電車の三両目の(私はいつも三両目に乗るのです)一番端の座席に座って、膝を揺らしておりました。よく見ると、その男の耳辺りの場所から(長く振り乱した髪で隠れていましたから)イヤホンのコードらしきものが下りているのを見ました。おそらく本当に音楽にノッていただけだったのでしょう。それから歯をガチガチと言わせながら、多分歌詞らしきものをパクパクと歌うように口を動かしました。その隣に座っていた人は、耐えかねたように席を立ち、男子高校生らしき人がその席にまた座りました。
私はケータイをいじり始めました。だって気になって仕方がないですもの。自分が穴になって、街中の物を吸い込むゲームをしていました。これがなかなか面白くって。ああ、すいません。話を戻します。
そうやってゲームをしていると、不意にその男が立ち上がりました。思っていたよりも身長が高くて、彼の周囲の人も同じように感じたのでしょう、皆がほんの少し後退りました。いくつかの駅を過ぎているうちに、車内の人数はいくらか少なくなっていました。その人々の間を、その男はうろうろと歩き回り始めました。得もしれぬ光景でした。幾度か男が肩にさげた鞄が周りの人に当たり、「痛っ...」という声が聞こえてきました。そしてしばらく後、男が足を止めました。
私の目の前で。