「実はね、あなたのような人を、何人も見てきたの。この山の吹雪は、並大抵のものとは違う。心に直接恐怖を植え付けるの。」
やはり彼女は寂しそうに喋る。
「大丈夫。明日には吹雪もやむわ。そしてあなたも、行くべきところに行くの。」
そこで彼女は一息おいて、言った。
「そしてまた、私は独り」
彼女は今にも泣き出しそうだった。アーゼンは、なんと声をかけたら良いかわからなかった。
「そんなことないよ、きっと僕はまたここを通るから」
「ダメなの!」
ビクッ、とアーゼンは肩を震わせた。
「もうあなたはここに戻ってこられない。そういう呪いなの。ここに来た人はみんなそう言ったわ。戻ってくるって。でも来なかった。この呪いを乗り越えてくれる人はいなかったの。そしてきっとあなたも同じ。」
彼女は堪えきれずに泣き出した。
「それでも優しくせずにはいられないの。私は永遠にここで独り。だから、あなたのような人は私の唯一の生きる理由なの」
そう言うと、彼女は向こうを向いてしまった。吹雪の唸りが、ただ小屋の中に響いていた。
夜が明けると、吹雪はすっかりやんでいた。ガバリ、とアーゼンが起き上がると、そこにはもうあの女性はいなかった。そして彼女の名前を聞かなかったことを、彼は酷く後悔した。
彼の足はもうすっかりよくなっていた。身支度を整えて小屋を出る、前に、振り替えって小屋を見渡した。窓のそばに置かれた花瓶にバラが一輪だけ差してあった。
[了]