初めての掲示板への投稿で緊張してるので文章間違えてたらごめんなさいm(_ _)m
私は今まで家庭内で児童虐待四種類全てを経験しました。今も一つ続いています。
でも私の心は虐待の手から抜け出しています。
きっかけは「大切な人の次に自分を大切にして。」という言葉です。
親と兄がストレス発散や欲の道具として使う自分を私自身も当然のように道具として見てました。
他人を大切にする事が自分の命を繋げる意味でした。
小学生時代は他人を心配させる行為を恐れ、学校では6年間一度も泣かず笑ってました。
そんな自分がある人との電話中「誰か大切な人の次に自分を大切にして」と強く訴えられた時に、心を覆う鎖が少し緩み我慢していた何かが涙に変わりました。
親も兄も他人も全員が自分より優先される私の考えは間違ってました。
その人は私を助けると言った事もした事もありませんが、人生のお手伝いをしてくれます。
それからは苦しくても逃げたくても自分自身と向き合うようにしています。
この苦しみは自分との闘いです。
誰かの人生ではなく私の人生の一つの課題です。
親も兄も私も幸せになれれば良いなと思います。
ただ一つだけ違うのは、私は家族や大切な人の心に重い鎖を巻きつけないように生きる未来があります。
その為の努力を続けたいと思います。
こんな事を言う私は現在フラッシュバックや過呼吸が辛く病院にも行けず苦しいです。
苦しんだ一日が終わる時に自分に必ず伝えてる言葉は、「今日も一つの命が地を歩き続けられました。」です。
自分に価値は見出せないし自己犠牲も平気でするけれど命は誰しも平等でしょう?
長い文章読ませて申し訳ないです。
ありがとうございます。
今日も一つの命がスクールオブロックを楽しみに地を歩き続けています(*´꒳`*)