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月の涙 17

「――でも最終的に妹に泣きつかれちゃって。まあ私も月涙花の本物に興味がないわけではなかったので、私が折れて一緒に見に行くことになったんです」
「へっへっ。ずいぶん省エネな姉ちゃんだな」
「そうですか? 私だって本を読むのに忙しいんですよ」
「腕っこ細ぇし」
「妹とそう大して変わりなくありません?」

「でも時間にはちゃんと気ぃつけぇよ」
笑顔だった魔女が顔を引き締めて忠告してくる。
「あの花は彗星にもたとえられる。なんでだか分るか?」
たしかいつかの本で読んだことがある。月涙花は見る時間を少しでも誤ると見ごろどころか花弁の一枚さえ見られなくなってしまう。次にみられるのは一年後。こうした背景から月涙花を彗星に例えることがあるそうだ。
「毎年多くの観光客が足を運ぶが、不運なことに見られなった客だって数多くいる。そのうちの一人になりたくなきゃ、時間には普段の100倍厳しくなきゃいかん」
「……そんなにしないと駄目なんですか?」
「……さすがに100倍は誇張だよ。でも甘く見とったらいけんからな。あれには見るものを拒む魔力がある。時間に甘いやつは特に、だ」
花が魔力を持っているというのはファンタジーな感じがしたが、魔女が言うとすごく”それっぽく”感じた。
魔女は眉間に寄せていた皴を解くと、今度は優しい声音で呟いた。
「あたしも何十年も前に見に行ってな。そん時ゃぎりぎりで間に合って何とかこの目に収められたんだよ。一面の月涙花がな、月夜の下に輝いとって、それはもう壮観だった。次の瞬間逝っちまっても満足なくらい……」
魔女が一瞬だけ、昔を懐かしむように遠くを眺めた。その目の輝きを見て、私は何となく魔女が恋人と一緒だったのだろうなと考えた。恋人を目の前にして死んでも満足って、それは言いすぎな気もしたがそうでない気もした。
「……だからまあ、妹の願いくらい姉ちゃんが叶えてあげぇや。自慢の可愛い妹なんだろ?」

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