男がロバに乗って旅をしている。男は預言者である。なんてことはなく、腹の突き出た、ただの中年男である。
人間はなぜ自由意思があると思い込んでしまうのだろうか。それは可能性を妄想することができるからだ。
そんなことを考えて、にやにやしているところに、質素な身なりの、まあまあの美女が現れる。男はロバから下り、手綱を引きながら女に近づく。女が微笑む。
「乗るかい?」
「いいの?」
「そのつもりだろ」
二人はロバに揺られながら、話を始める。
「おじさんは何の仕事してるの?」
「油を売ってる。さぼってるって意味じゃないよ」
「油商人ジョークね。……わたし、旅行が好きなの……海外行ったことある?」
「台湾とニューヨークに行ったことありますね」
「わたしはない」
「ないんかい」
不意に女が口をつぐむ。男が振り返ると、女は懇願するような目で男を見てから口を開く。
「わたしの身体に油をかけて火をつけて」
男は動揺して、「なぜ」と問う。女は続ける。
「この世のすべての不幸はわたし発信なの。わたしが死ねば不幸の種が消える。一人の犠牲で世界が救われるの。お願い」
男は女を見つめて言う。
「俺は世界より目の前の愛する人間を優先する」
表情から、女のハートに火がついたのがわかる。
男が満足して前を向き、崖っぷちに来ていることに気づいたときにはもう手遅れ。男と女はロバとともに谷底に落ちていく。
…この話にはまだ続きがありそうですな…
(期待という名の音が鳴った。)
ハハッ。