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ヴィーナス

 脳のネットワークが単純なうえに知識、経験のインプットもない田舎者である俺は、上京して数か月、ずっと孤独を噛みしめていた。
 そんな俺がある日の夜、たまには都会的な気分を味わってみようじゃないかとしゃれたかまえのイタリアンレストランに入ったところ。
 カウンターの向こうに、女神がいた。
 後ろで束ねた長い黒髪、澄んだ瞳、豊満な乳房、豊かな腰まわり。ふっくらとした唇。
 メニューを持って微笑む彼女を白熱光が照らす。
 ひと目で恋に落ちた。
 常連になり、彼女の大学生活の話や悩みなどをきいたりするような仲になって、自然に連絡先を交換した。
 のだが、何度デートに誘っても、予定がある、とかわされてしまう。
 あきらめかけたころ、夜勤明け、眠れなかった俺は、そういえばランチ営業もやってたなと思い、店に行った。
 俺は驚いた。
 彼女がいた。
 夏休みなので昼も入っているのだと言う。
 俺が驚いたのは昼働いていたからではない。
 ノーメイクだった。
 ノーメイクの彼女はまるで地蔵のようだった。
 いや、地蔵そのものだった。
 彼女が動揺している俺に追い打ちをかけるように続けた。
「わたしはあなたのおじいさんの代から村にまつられている地蔵です。わたしはあなたのおじいさんに、都会に出た孫が心配なので守ってほしいと頼まれ、やってきたのです」
 俺はパスタを注文し、待つ間、彼女が忙しく働く姿を目で追った。この店に来ることは、もうないだろう。

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