「お待たせしました。キリマンジャロコーヒーです」
「おお、いつも悪いね」
「いえ、とんでもない」
いつものように常連客と言葉を交わして、ぼくはさっきまでいたカウンターに戻った。
ちょうど、火にかけているティーポットが鳴いている。
そろそろ頃合いかな、とぼくはポットの蓋を開けた。
「…おや、また頼まれたのかい」
この喫茶店の主であるマスターが、カウンターに肘をつきながら尋ねる。
「ええ、いい茶葉が手に入ったから頼む、と… 自分でできるのだから、自分でやればいいのに」
「ハハハ、彼らしい。でも彼としては皆と雑談しながら紅茶を嗜みたいのだろう? なら、応えてやってくれ」
「はいはい、マスター」
ぼくはそう返してから、銀色のお盆にティーポットとカップを載せ、カウンターの奥へと向かった。
店内から見えないところにある急な階段を、ポットをひっくり返さないように上っていく。
一段一段上っていくうちに、2階にいる者たちの話声が聞こえてきた。
ぼくはその声に負けないように、面倒だけど階段を上り切った時に声を上げた。
「はいは~い、紅茶持ってきたよ~」
「あ、来た」
「遅いよ、カシミールぅ」
下で接客してたから仕方ないでしょ、と言いながら、ぼくは紅茶を頼んだ張本人の前にポットとカップを置いた。
「えーと、ローズ…何だっけ?」
「ローズスィーテ。別に覚えなくてもいい、そもそもお前は覚えられないだろう?」
紅茶を頼んだ黒服の人物は、ぼくに向かって嫌味っぽいことを言う。
「カシミールは匂いでそういうの見分けるからね~ ところでナハツェ、ホットじゃ熱くない? 今は夏だし」
ナハツェ、と呼ばれた黒服の人物の隣にいる、細い角が額に生えた鬼のような人物が、にこにこと笑いながら尋ねる。