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夏祭りに行かないまま今年の夏も終わるのね、と思っていた。

押入れがドンドンと叩かれて、クーラーに包まれた昼寝が終わりを告げる。「なあに」バタン、と開けるといつもどおりの大きな声。「お祭!行く!」「えー」「行く行く!絶対行く!連れてって!」スーパーのお菓子売り場レベルの駄々をこねられてしまった。
「みつる?うるさいわよ」お母さん、僕じゃないのに。「はーい」
「じゃあ行くよ」「本当?」細い目がうんとのびて「ありがとう、みつる」

小さな君を背中におぶって、屋台の間を行く。後ろで綿あめを振り回されるので、髪がべたべただ。「みつるも食べる?」「んんん」綿あめで視界をふさがれる。もう顔もべたべただ。
「みつる君だ!」隣のクラスの杉本と奥谷だ。「久しぶり」「顔べたべたじゃん」「ちょっとね、」「みつる君、弟いたの?」「いや奥谷、この子は妹でしょ」「嘘!」二人の会話にはあえてふれず、「花火って何時からだっけ」「19時だよ」「もうすぐか」と、話したところで向こうに奥谷のお父さんが見えた。見つかったら嫌だな。「別のとこ見てくるわ」「そう?じゃあまたねみつる君」「うん」

ヨーヨーすくい、りんご飴、もう一回綿あめ。小五のおこづかいでは少しきびしい出費だが、きらきらした笑い声を聞くと僕も楽しくなってくる。
「花火を見たら帰ろうか」「ん……」この返事は、と気づいたときには ぐっと背中に体重がかかる。「寝ちゃったか」
まだ明るい帰り道、遠くで花火の音、僕も誰かに背負われて帰った夏祭りがどこかにあった気がした。

押入れを開けて、小さな布団に横たわらせる。静かな寝息。周りにはヨーヨーとうちわを並べる。
「あらみつる、お祭り行ってきたの?」どき!「ちょっとね、」「やだ、押入れなんかに隠さなくていいのに」「いいの」後ろ手で押入れを閉める。おやすみなさい、また明日。

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