「良かったんですか、行かなくて」
ベランダから光を見上げていた瑛瑠に、グラスを2つ携えて付き人が声をかけてきた。氷がグラスにぶつかる音が何とも涼し気で、ありがとう,と言葉を落とす。
「せっかく素敵に着付けてもらったのに」
そう静かに声を発したチャールズの碧は、柔らかかった。だから瑛瑠も、静かに微笑んで見せる。
「……人混みは、あまり好まないから」
そう言って、再び視線を光へ戻す。真っ黒なキャンバスには、泡沫の彩りが弾けた。視線を交わしていた間にも、いくつもの光が消えていたのだろう。艶やかな喧騒が此処まで届いてくるようで、微かに笑みが零れる。横で付き人が、いつものように、困ったような寂しげな表情でいることには気付く余地もない。
手に持ったグラスの中の氷はほとんど溶け、代わりに汗をかいたグラスから水が伝う。腕をなぞる水線が、冷たい。
「暑いね」
夏、だから。
瑛瑠は、気付けなかった。喧騒が、近づいてくることに。
「瑛瑠!」
聴こえてきたそれは、喧騒の前奏曲。