「これ、借りてたやつ!ありがと!」
明るい調子で観月は、一冊の本を突き出した。
「うわっ!びっくりした……なんだいきなり。っていうかいつの間にうちのクラスに来てんだよ」
椅子から飛び上がると、紫陽はため息をついて前に向き直る。
「さっき!
昨日部屋掃除してたら出てきたんだよね、その本。ずっと借りっぱなしでごめん」
さして悪びれる様子でもなく、何でもない事のように言い放った。
「ふぅん。そういや貸してたっけか。忘れてた、そんな本」
「そんな本って……これ、絶対汚すなよって、めちゃくちゃ釘刺されたの覚えてるんだけど」
少しむっとしたように観月は言う。
「俺は覚えてないよ」
嘘である。感想を聞きたくてうずうずしていたことなど、紫陽に言えるはずもない。
「って、そういうことは覚えてるんだな。借りたことは忘れてたくせに」
観月は、最初に見せた明るい声から一転し、完全にむくれてしまった。
「なんなの。丁寧に丁寧に扱って、そんなに大切な本ならってすごくしっかり読んだのに」
本を机に置き、言葉を落とす。
「もっと大切にしてあげなよ」
いつものやり取りのはずが、完全に良くない流れになっていることに紫陽はやっと気づいた。
「なんだ、『掃除してたら出てきた』って言ったじゃないか」
だが、引かない。
「大切にしろだなんて、よく言えたもんだな」
依然前を向いたまま、紫陽は言う。