この世には、見えない「空気」というものがある。人々に言わせると、「空気」は読むものらしい。
「常識」を知らない人には、「空気」を読む能力がないそうだ。「空気」を読むことができないと、「普通」から外される。そうなってしまうと、もう元には戻れない。「普通」の人と「普通でない」人の間には、こちらも見えない壁があり、その壁は想像を絶するほど高く、乗り越えることは不可能なのだ。
でも、その壁を難なく乗り越えた人を、僕は一人だけ知っている。その人は、目的のためなら手段を選ばず、時には誰かを助ける、不思議な女性だった。
「それは、ないと思うんですが」
ホームルームのとき、先生が出した意見は満場一致で賛成に…なるところだった。僕以外の全員が賛成の手を挙げる中、僕の言葉は嫌に良く響いた。
みんなの顔が、「空気を読め」と言っていた。
「茉島ぁ、なんでそう思う」
担任の言葉に、何人かがコクコクと頷く。
「いくら何でも、それは…」
僕は机に突っ伏して泣いている宮村をチラリと見た。
「それは、宮村がかわいそうですよ」
言い終わらないうちに、チャイムが残酷なほど高らかに鳴り響いた。
先生はガタッと立ち上がった。
「多数決で、宮村は部活動今学期停止に決まった。異論を唱える者は、挙手をするように」
僕が手を挙げようとしたとき、タッチの差で後ろの席の松宮梨沙が立ち上がった。
「先生、私も茉島君と同じ意見です。宮村ちゃん、かわいそうですよ」
先生は渋い顔で何も言わずに教室を後にした。