昼近く、ラジオをききながら散歩をしていると、熱燗の恋しい季節になった、なんてアナウンサーが言うもんだから、行きつけの蕎麦屋に入ってしまった。テーブル席が埋まっていたので座敷に上がる。わたしは座敷だとつい正座をしてしまいあまりリラックスできないのだが、老舗の美味い店なのでよしとする。座敷の残りのテーブル席も熱燗とつまみを待つ間にすぐに埋まる。
従業員に、相席を頼まれる。焼き海苔をつまみながらちらり。ギャルふうの、はたち前後の女性。鴨盛りを注文すると、バッグからファイルを取り出し、読み始めた。
冷やに切り替え、そろそろ盛りを注文しようかと考えていると、鴨盛りを食べ終えたギャルふうが声をかけてきた。
「あの、このへんのかたですか?」
「ええ、そうです」
わたしはこたえた。気軽に声をかけられるのは老人の特権である。
「わたし、アキバ教秋葉原本部のシスターです。教会の教えを広めるために今日はこの地域をまわってまして」
「カトリックではないので」
わたしがそう言うとギャルふうは、「キリスト教とは無関係です。こちら教典なのですが、どうぞご覧になってみてください」と、革装の本をわたしによこした。