もうずつとずつと長い閒或る人に手紙を書き續けてゐます。いえ。手紙と云ふにはあまりに粗末で恥づかしいものです。一度も貴方にその手紙を屆けたことはありません。きつと死ぬまでないでせう。なぜなら私は丸っきり貴方が誰なのかすら分からない。ただ貴方はずつとずつと昔に死んでしまつた。それ以外本當に、貴方が何處の誰かも、齡も男かも女かも全く分からないのです。しかし今も何處かに確かに貴方はいる。すぐ隣りあるいは背後、いいえとんでもなく遠く遠くにゐるのかもしれません。
そして私は貴方に手紙を書き續けなければいけないのです。片時も休まずに、この投函することのできない手紙を書き續けなくては成りません。人はみな私のことを狂人だと云ひます。家族にも、友人にも戀人にも恐れられ見捨てられてしまつた。みな私のことをひどく氣持ちの惡い化け物を見るやうな目で見る。それでも私は手紙を書き續けなくては成らない。これが一生の贖罪であるかのやうに。
貴方は一體何處の誰なのでせうか。私は一體何者なのでせうか。もう全て分からなくなつてしまひました。
世の中は生き辛く死に辛い處です。生と死は平等でなくてはなりません。けれどみな死んではいけないとばかり云ふ。それなのに私を見ては恐ろしいことばかり囁きあつてゐる。
本當に、何も、信じることは出來ないのです。老いて死ぬるまで私は手紙を書き續けるよりほかありません。やはりこれは贖罪なのだと思ひます。きつと貴方を殺したのはこの私だ。罪は償はなくてはなりません。
嗚呼、死ぬこともままならなくなつてしまつた。