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コメディアンになることにした。なのでもう会社には行けない。これからどうやって食べていこう。まあ何とかなるさ。とりあえず朝飯を買いにコンビニへ。

したら書籍コーナーにコメディアンに関する本があるのを発見。手に取り、ページをぱらぱら。

 緊張からの緩和が笑い。緩和からの緊張は恐怖。

 自己客観化のできていない人間の演じるコメディは狂気でしかない。

 人間、未知のもの、理解のできないものには違和感を覚える。違和感は恐怖反応として表れる。無知な人間は冗談をきいても違和感しか感じない。無知な人間に冗談を言っても怖がられるだけである。

 神はコメディアンである。真のコメディアンとなったあなたは神である。

 神じゃなくてコメディアンになりたいんだけどな。本を戻し、おにぎりとお茶を購入してコンビニを出ると、高級そうなセダンが駐車場にぬるりと入ってきた。
 助手席から降りてきたのは元カノだった。僕は元カノに近づき、「僕、コメディアンになるんだ」と得意げに言った。すると元カノはこうこたえた。
「あらちょうどよかった。いま新人のコメディアンをさがしてるとこなんだ」
 元カノはそう言うと、バッグから名刺を取り出し、僕にくれた。何とか劇場支配人とあった。
「劇場の支配人なんて凄いね」
「あの人がオーナーなの」
 振り返り、運転席の男を指差して元カノは言った。男はぼんやり、煙草をくゆらせていた。元カノが、いつだったか好きだと言っていた俳優に似ていた。
「あさってオーディションがあるの。直接劇場に来て。その名刺の住所のとこ。絶対来てね」
「もちろんだよ」
「じゃあ指切りしましょ」
「なぜ指切り」
「だってあなた平気で約束破るじゃない。はいっ、ゆーびきりげんま……んっ? あなた小指短くなーい? つき合ってたころ全然気づかなかった。小指がこういうふうに第一関節より短い人って人見知りか空気が読めないタイプなんだよね。平気で約束破るわけだわ。小指が短いってことは胎児期に細胞分裂が盛んでなかった証拠なの。しかも左右で長さが違うじゃない。細胞分裂が正常に進まなかったできそこないなのね」
 買いものをすませた元カノはセダンに乗り込むと、男から煙草をもらい、吸い始めた。元カノが煙草を吸うのを見るのは初めてだった。
 セダンが駐車場を出て行くのを見送り、帰路についた。オーディションには多分、行かないだろう。元カノの言葉に傷ついたからではない。僕は喫煙者が嫌いなのだ。

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