午前二時。いやに秒針の音ばかりが耳障りだった。目を閉じる。ああ、外には雨が降っているのだ。小夜時雨。こんなにも叙情的な晩が他にあるか。
ひやりとした鏡面に指を伝わす。また彼も、指を伝わす。
「一体全体、お前は何者だ。何処ぞの某だ。いい加減に、僕の真似事ばかりするのはよせ。」
彼は少し、面喰らったような顔をしたがすぐにその僕そっくりの顔面にいやらしい笑みを浮かべた。それは確かに僕の顔であり、けれど決して僕の顔ではない。吐き気がする。
「そうか、そうか、君は気付いていたのか。ならば早くそうと言ってくれよ。それにしてもな、人間は少し愚かすぎやしないか。少しばかり己を信じ過ぎではないか。なぜ鏡に映るのは、目に見ているのはそっくりそのままの世界だと信じて疑わないのだ。」
「まぁ、そんなに言うなよ。それにしても君、ずっとこちらの真似事ばかりしていていやにはならないのか。」
彼はため息をついた。
「やはり君も、何も分かっちゃいないのか。僕は君だ。僕は君と同一の肉体を共有した、君だ。真似事云々などと言うのが間違っているんだ。」
彼の瞳孔は微動だにせずこちらを見ていた。
「──そうか。では君、僕のことを殺してくれやしないか?」
彼はやはり無言でこちらを見つめている。
心地良きかな、雨の音。このまま昇華してしまいそうだ。どれだけ見つめ合ったかももう分からなくなってきた頃、彼はおもむろに口を開いた。
「──ああ、君がそれを願うならば。君のことを、殺してやろう。」
相変わらず秒針と雨の音は鳴り止まぬ。
「楽になれ、少年。」
また同じ、朝がきた。