「生きていてよかった」「即死となりうる状況だったんだよ」
「もう、綱渡りは無理だけど……」そのあとの言葉を続けられる者は、誰もいなかった。
「本当に、運がよかった」本当に運が良ければ、こんなことにはならなかった。
あの日、私は「綱渡りのサン=テグジュペリ」の名をもらった。猛獣使いのアンデルセンと共に、ライバルたちからの、痛いほどに冷たい拍手を受けた。
私は今、幸せの絶頂にいるのだと思った。襲名できなかった者たちの視線の矢でさえも、心地よく思えた。でも、人生はそう簡単なものではないらしい。
真夜中に、私たちの瞭の部屋が燃えた。私は、ルームメイトで唯一の生き残りだった。
理事長は、私を気の毒そうに気遣ってくれた。優しい言葉の方がきつく刺さるのだと、初めて知った。
綱渡りは、我らがサーカスの花。美しい者のみが、その名を名乗れる。私のサンテグジュペリ人生は、一日足らずで終わった。顔の右半分が、ひどいやけどを負った。よりによって、観客の方を向いた右側。私は、見た目で役を下ろされるような、こんなサーカスにあこがれていたのか、と自分に落胆した。
今、私は、二位の実力を持った「サン=テグジュペリ」の前座を務めている。
顔を隠す、ピエロの仮面をかぶって。
屈辱的だと思った。新たなサン=テグジュペリ」を、呪ってやりたいと思った。でも、現に今、私はジャグリングを披露している。心なしか冷やかしに聞こえる拍手を背に、ステージを後にする。
サン=テグジュペリ」が私と入れ替わりにステージに立つと、大きな歓声が上がった。私はそっと、三面鏡の前でピエロの仮面を外す。醜いやけど跡に自然と目が行く。思わず化粧台を思い切り叩いた。
「誰が 助けてくれと 望んだ!」
なぜ、あのまま死なせてくれなかったのだろう。それは、人間の優しさであり、醜さなのだろうか。