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とーやま校長との3年間①

中学1年生の3学期の終わり。学校の技術の時間に作ったラジオを聞いてると、たまたま流れてたのがSOLのビンゴでした。そこからその時間が暇なのと、友達(シャリの上の肉)が奨めてたのもあって、聞ける日は聞いてました。
その1年後の4月。放送部というのをやってるのを知った僕は試しに「ポルノグラフィティのミュージック・アワーの歌詞だけでラジオをやり、最後に校長にミュージック・アワーを歌わせる」というのを投稿してみたところ、なんとその日の放送部で自分のネタが流れました。校長は結局ラジオの中身がミュージック・アワーっていうことを気づかなかったのですが、歌ってはくれて、とても嬉しく、その日から毎日聞くようになりました。
その後の夏。まさかの逆電に出ることに。内容は「1億分の1の夏休み選手権逆電」で、カイジの沼を作りますというものでした。なんとその日の最後まで、校長はカイジネタを引きずってくれたので嬉しかったです。その後、途中経過を放送部で報告。2度目の放送部出演を果たしました。
そして忘れもしない2018年秋。僕の人生のチャームポイントと言えることが起きます。シャリ肉に誘われて、漫才を作り、放送部内で披露しようと言われて一緒に漫才を作りました。その内容は、生徒が掲示板に書いたことを言って、「〇〇か!」(〇は生徒の名前)と突っ込むものでした。それを投稿したら、数日後に流れました。すると予想もしなかった、大好評で、聞けなかった人のために再放送までされました。これは僕にとって大きな出来事です。その日から、ネタ作りに励みました。
その後に作ったネタは、ジョイマンのネタでリスナーの名前を覚えるというものでした。しかし、これは放送されませんでした。(理由ははっきりしています)その後に作ったラジオ内CMのパロディは放送され、嬉しく、毎日シャリ肉とSOLの話をする日々を送っていました。
そして放送部内で僕らが最後に流れたネタ(3作品目)は、グランジの白竜のネタを盛大にパクるというものでした。送ってから数日たっても流れないので諦めていたら、まさかのグランジの単独ライブに近い日に流れました。
そして、僕らは最後に超大作を作ろうと思い、ネタ制作期間4ヶ月くらい、およそ4分半というネタを3月に作り終えました。(この時には放送部も終わってるし、1分をすぎてるため送れない...)
②に続く

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