そんな昔でもない、むしろ最近のある時、某所山奥に化け物が住んでおりました。化け物と言っても、姿は殆ど人間と変わりません。ただ指先や目や肌や纏っている雰囲気の僅かな違和感が、それを人間ではないと感じさせる程度のものです。
そんな化け物の住んでいる山奥の小屋に、一人の人間が迷い込んで来ました。化け物は名状しがたい不思議空間に住んでいるので、普通なら人間は入って来ないのです。そういうわけで、化け物は何世紀かぶりに会った人間と接触することにしました。
「もし」
「……何でしょう」
「あなたは何をしにこんな山奥まで来たのです」
「死にに来ました」
「何故」
「将来というものに希望が見出だせなくなりましたゆえ。……あなた何者?」
「見て想像がつく通りの者ですよ。まあ、こんな所で立ち話もアレですし、もうすぐここらは暗くなります。私の家へ案内しませう。といっても目の前のあばら家がそうですが」
化け物は人間を家へ招き入れました。
「……さて、先程将来に云々と言ってましたな」
「言いましたな」
「何があったので?」
「最近職を失いまして」
「また探せば良かろうて」
「今の時期家の外に出るのは、私のような日陰者にはとてもとても」
「なんだ。ただの意志薄弱か」
「言わないでくれ。自覚はしている」
「だからって死ぬほどのことかね?」
「私にとってはね」
「ふむ。質問を変えよう。もしあなたが一度だけ苦しまず安らかに死ねる権利を得た時」
「そりゃあ死ぬのは一回きりでしょ」
「お黙る。権利を得た時、あなたはそれを今使いますか?」
「・・・・・・別に今じゃなくても…?」
「ならそれで良いじゃないか。今夜はうちに置いてやるから明日になったら帰んなさい。それでもし、また死にたくなった時は……またうちに来なさい。悩み事をする時間くらいはあげるから」