ひとびとの視線の先はきまって僕だ。しかし、それらは虐げられる目でも、好奇心の目でもない。ただ「驚愕」の目だった。
肌をあたたかい熱がほんのり包む。太陽は雲のあいだから見えたり隠れたり、忙しそうに空を動いていた。桜が咲いたというニュースをほんの数日前に聞いたような気がしていたが、もうすでにピンク色は僕の目にはうつらない。春と夏の間のどうとも言えないさびしさのにじむ足音を、ひとびとは奏でていった。
もともと僕は、視線を気にするような人間ではない。気にして生きられる世の中ではないと、いつしか悟っていた。しかし僕のこの今の状況は、視線から耐えがたく、気温の影響だけで顔が熱くなっているとは思えない状況だ。今すぐ家に帰りたい。穴があったらはいりたい、ではなく穴を堀って家に帰りたい。できるだけひとの目にさらされたくない。
美容院から出たときはまだよかったのだ。これくらいなら社会の許容範囲だろう、と高をくくっていた。
「いや、この色がお似合いな方は珍しいですよ。もとがいいんですね」
そう言ってほほえんだ、美容師の言葉をうかつに信じた僕がわるいのだろうか。鏡をみて、
「はい、これでいいです」
と満足そうにうなずいた自分に、ちくちくと針千本を刺してやりたい。
〝散ってしまった桜の代わりに僕を見て〟
と言わんばかりの頭で、ひとびとの中をかきわけていく僕。視線が痛い、痛い。イタい。しかもよりによって真面目に働き終わったサラリーマンたちが帰宅する時間。駅前の美容院を選んだのは大失態だったわけだ。ふつふつと恥ずかしさだけが体中をめぐっていく感覚が、皮肉にも僕をもっと恥ずかしくさせていた。
どうやらまだ桜は散っていないらしい。泣き言のように心の中でつぶやいた。