あれからまた、しばらく走った。もうすっかり疲れ切って、足の感覚も鈍くなってきている。その上、今走っている場所は足元の状態も悪くて走りにくくて、『奴』との距離が離したくても離せない。まあどちらにしても『奴』は一瞬で距離を詰める術を持っているわけだが。
「もしもし、私メリーさん。」
来た。ここまで来てようやく『奴』をどうにかする作戦の準備が整った。この作戦のためにわざわざこんな場所を走っていたのだ。
「今、あなたの」
それと同時に最後の力を振り絞って、前に向かって跳びながら、『奴』のいる背後を振り向く。
「後ろに居るの」
『奴』がその『台詞』こちらの背後に移動する。『奴』と自分が着地したとき、「バシャッ」と水が跳ねる音がした。
そう、今、自分と『奴』が居るのは、川の水際ぎりぎりの場所だったのだ。
「モシ、モシ……、私、メリーさん……」
『奴』が攻撃をしようとするが、足を取られて上手く動けないようだ。
「なあ、『メリーさん』。『流し雛』ってものを知ってるかい?雛人形に厄を乗せて厄払いに川に流して廃棄する、日本に古来から伝わる反エコロジーな伝統文化だよ」
『奴』は川の流れに負けて少しずつ下流の方に流されていく。
「『メリーさん』ってのは、元が『人形』な上に捨てられた怨念で動くというまさに『厄の塊』だろう?川に流すにはぴったりだと思うんだよ」
「今、あな…タノ……アアアァァァァァ………」
「それに貧乏神を川に流して祓うのは毎月晦日でなければいけないって話だ。『メリーさん』を川に流すのにこうもパーフェクトな日はそうそう無いだろう」
『奴』、『メリーさん』は、力尽きたのか倒れ込み、そのまま流されていった。
それを見届けた後、川に飛び込む前に咄嗟に掴んでおいた皮技師に生えていた葦の茎を手繰り寄せながら川を上がる。
(……ふぅ、危ないところだった。これ掴んでなきゃ僕も流されてたな。腰までしか無いとはいえ川の流れ馬鹿にできんな。しかし、ほとんどこじつけの理論で撃退したものの、どうにかなるもんなんだな)
その後は疲れた体に鞭打って、どうにか家に帰った。目下考えなければいけないことは、割ってしまった窓ガラスの修理についてだ。