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口裂け女

ある日の夕方の事だった。
外出先からの帰り、ちょうど進行方向が西向きだったので、夕日の光を避けるために、地面に目をやりながら歩いていた。
ふと気付くと、目の前の地面に人の影が差していた。どうやら誰かが目の前に立ち止まっているようだ。そして、目を上げてしまった。今思えば、なぜあんな事をしてしまったのだろうか。ほんのちょっとだけ、進路を右か左にずらすだけで、それ以降の出来事を全て回避できたかもしれないのに。
そこには、一人の女性が立っていた。今の季節には合わない、真っ赤なコートを着て、顔の下半分をマスクで覆っている、やけに背の高い女性が。自分も決して背が高い方ではないが、それを鑑みても、185cm以上はあった。
『私、キレイ?』
「ポマ……」
しかし、そこより先を言うことはできなかった。『奴』の隠し持っていた草刈鎌の冷たい刃が、首筋にぴたりと当てられたのだ。
『私、キレイ?』
『奴』が再び訊いてきた。その笑っているようにも怒り狂っているようにも、はたまた泣きそうにも見える不気味で狂気的な目つきは、『普通』だの『まあまあです』だの、そういう中途半端な答えは一切受け付けない、という強い意志を感じさせた。
『私、キレイ?』
『奴』が少しいらいらしたように、再び訊いてきた。先程より首筋に当てられた鎌を持つ手に力が入る。どうやらよく手入れされているらしく、このまますっと刃を引けば、流血沙汰は避けられないだろう。
もはや猶予は無い。
「………答えは『NO』だ」
そう言いながら、『奴』が動き出す前に、持っていた鞄を『奴』の顔面目がけて、思い切り投げつけた。『奴』が咄嗟に空いている左手で顔を覆ったそのタイミングで、首に当てられた鎌の刃を避けて、元来た方向に全力で駆け出した。

  • 怪異を無理矢理どうこうしてみるシリーズ
  • もうちょい続きます
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