『管理人、来邦』
こんこん...こんこん...
夜、ユリ以外の全てが寝静まった夜。
アパルトマンのドアが小気味よい音を立てた。
「やあこんばんは、違ったら失礼、此処はユリ・ロトウのお宅かな?」
「ええ、多分そうだわ。いいよ、入って。」
ドアがゆっくりと開き、一人が入ってきた。
『管理人』である。
「頼み事があってね。......とっても大事な。」と前置きして管理人は話を始めた。
「僕の勢力圏内にあるネペジの大切な女の子がいなくなってしまってこの街で目撃されたらしいんだ。それで、君にその子を探して欲しいんだけど、頼み事は出来ないかな?」
ユリはゆっくりと立ち上がり「わかったわ」と言った。
管理人は少し口角を上げて特徴を言い始めた。
「歳は9歳で身長は低め。目撃時着ていたのはローブでその中に紅いシャツを着ていて......」
ユリはゆっくりと瞬きをした。
そしてゆっくりと話し始めた。
「ある程度絞れはしたけど、最後に一つだけ名前を聞かせて貰おうかしら。」
管理人は片目を瞑って応えた。
「名は宝条ガラシャ、ネペジの元首『宝条八千代』の妹だよ。」
かたん...かちゃ...
ユリは管理人にいつものハーヴティーを淹れた。
摩天楼の絶えることの無い光に照らされて液面は重い体を動かす様に揺れていた。
管理人はキッチンの戸棚から瑠璃色の角砂糖を取ってきてティーカップに二つ入れた。
ちゃぷん
と不敵な音を立てて角砂糖は液面へ吸い込まれ、消えた。
ユリと管理人は無言でその様子を見ていた。
虹色の湯気をあげて、液面は揺れていた。
管理人はハーヴティーを片目を瞑り一口飲んだ。
ユリは棚から煙管を取ってアパルトマンの外へ出ていってしまった。
記憶とは糖度の高い果実。
心とは限りなく澄んだ水。
意味の無い、二人だけの秘密。
甘くない、誰も取らない果実。
ユリが絶対吸うことのない煙管は虹色のような星色のような煙を天に上げていた。
To be continued #35 『キャンバスナイト』
P.S.まさか、まさか書くのに三時間かかるとは。