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♯5 紡げ、笑え。

怖かった。
人が。人が話す言葉が。

この世界中のありとあらゆる音が嫌いだった。

2年間、私は引きこもりだった。
昼から夜までただ、何もない壁にわけわかんないことをブツブツぶつけていた。

そんな日々だった。

そんなある日、家にいる母から呼び出された。
久しぶりに部屋から出ると、リビングの懐かしい匂いがして、コーヒーの匂いも漂っている。

椅子に座って、向かいの母に顔を向ける。2年越しの母はさすがに老けていた。電灯の白が、痩せこけた頬骨に陰を作っていた。

そして、母はテーブルのホワイトボードに手を伸ばした。
そして、すらすらと書き記した。

貴方、これからどうするつもり?

ホワイトボードとマーカーを手渡され、私は書いた。

わからない。どんな仕事があるのかも知らない。
私はこれからも、この生活を続けて、のろのろ死んでいくつもりだよ。

すると母は、

あんた。良い加減甘ったれんな!

私は目を見開いた。

これからどうするかなんて関係ない!
まず目の前のやるべきこと見つけて、それに向かって行動すんの。
遅いよ。
私はあんたを障害者だろうがなんだろうが対等に接するから。そうするから。

母が思い切り書いた言葉を、じっくりと読み直す。


「あんたなら出来る。生きる価値があるから。」

聴こえた。
今、母が喋った言葉。
鮮明に。たしかに聴こえた。
心が震える。振動が目に伝わる。

「ごめんあさい…ごめん」
自分の声は、聞こえなかった。
でも、たしかに聴こえた。母の言葉。

私は、思い切り泣いていた。

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