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霧の魔法譚 #2

「ご無沙汰してるよ、シオン」

濃く立ち込める霧の中、街路灯の橙色の明かりは水に絵の具が溶け込むかのように照らされている。
まっ黒い影が落ちる大賢者の足元にまた一歩近づいて。

「ごきげんよう大賢者様。とても久しく感じるわ」

紫の髪飾りが印象的な着物を着た少女は、いつ以来だったかしらと小首を傾げながらほんのわずかに顔を綻ばせた。

「約百年だ、すまなかったね」
「まあ。どうしてそんなに長い間、会いに来てくれなかったんです?」

少女は大賢者を責めるように唇を尖らせる。

「私は基本的にマジックアイテムを渡すだけで、それ以外は傍観だからさ」
「わたしは会いたかったのですよ?」
「…………」
「それに会いに来るって約束もしました」

今来たからそれはノーカンと言ったら乙女失格なのだろうなと思いつつ、そうだねごめんねと謝った。感情がこもっているかいないか微妙なラインだったが、彼女は赦してくれたようだ。
けらけら、と笑い。

「それで。大賢者様は如何な用事で?」
「久しぶりに君に会いに……と言いたいところだけど、そうじゃなくてね」

大賢者は空中に手を伸ばすと、次の瞬間には水晶の球が収まっていた。
それはなぁにとシオンが尋ねると、大賢者はまあ見ていてくれ給えよと二人の目の前に差し出す。
この水晶は一種の録画再生機器として機能する。
大賢者がパチンと指を鳴らした。

「…………」

映し出されたのはファントムの大群だった。しかし普段見るようなファントムとは何やら違う雰囲気を感じる。
海、それも奇妙に凪いだ水面に影一つ落とすことなく。それはさながら海戦で死んだ兵たちの亡霊のような。
水の上を滑るようにして進むその数、

「推計で3万ほど、だそうだ」

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