そろそろだよ、シオン。
誰かに呼ばれた気がして目を開けると、バックミラー越しに大賢者が視線を寄こしていた。
魔法陣の青い光で相対的に車内が暗くなったように感じられ、大賢者の目が二つ光を浮かべている。準備はいいかい? と今度ははっきりと脳内に響き渡った。念話の魔法だ。呼んだのはどうやら本当だったようで、見つめ返すシオンに大賢者はパチッとウィンクを送った。
そろそろ。
言葉通り、魔法陣は静かに揺らぎ解き放たれるのを待つばかり。強力な魔法陣ほど細かく、精緻な紋様を作り出すというが、大賢者のそれは今まで見たことがないほど美しく繊細で、これの目の前では世界中のどんな素晴らしい装飾品も霞んでしまいそうなほどだった。
(さて、と)
さっきまで思い出していたのは自らの過去。とても美しいなどと言えず碌な記憶もない空っぽな昔話。あれから辛いことは全部全部忘れようと、魔法で黒く暗く全て全て塗りつぶして掻き消した。あの魔法は何でもできてしまうけど、そこが欠点だった。暗闇の中で母や大賢者とともに過ごしたわずかな時間だけが残光のように輝いていて、思い出すたびに目を細めてしまいたくなった。
(魔法は……確かに私が一番辛かった時に逃げる場所を与えてくれたけど)
母も大賢者もいなくなったときに魔法の存在が心を支えてくれたけれど、自分はそれに依存しすぎていた。辛いことを見ないようにするのだって首が疲れるのだ。
(でももうこれで終わり。100年間も頼っちゃったけど、もう大丈夫)
だって愛する人も目の前に戻ってきたのだから、と大賢者の後ろ姿に微笑みかける。
シオンはこれ以降は当分魔法を使うことはないだろうなと予感する。
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お久しぶりです。とても長い時間掛かってしまいました。
単純にどう終わらせるか悩んでいました。そしてまだ決まってません。……頑張ります。
前回レスしてくれた方、スタンプくれた方、遅くなりましたがありがとうございました。