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中年と犬#1

ある日の午後、野良犬が、犬も歩けば棒に当たるなんて言うが当たんねえな、なんて思いながら歩いていると、中年男が声をかけてきた。
「やあ、君。これから鬼退治に行くんだが、よかったら手伝ってくれないか? いやもちろんただとは言わない。報酬としてきび団子を一つあげる。どうだ?」
 なんだこいつ。野良犬は、しばし男の顔をじっと見つめた。男の目には、狂気が宿っているように思えた。鬼退治とか言ってぱっと見武器らしきものは所持していない。野良犬は男に尾を向けた。
 繁華街に出た。それにしても腹が減ったな、きび団子、もらっておけばよかったかな。いやいや、あんなのに関わったらろくなことはない。これでよかったのだ、と、おのれを納得させたあたりで、角からお仕着せを着た男たちが現れた。
 自警団か、ご苦労なこった、と野良犬はつぶやき、男たちの間をすり抜けようとした。
 瞬間、首筋に衝撃が走った。
 何が起こったのかすぐにはわからなかった。パニックを起こし、首を絞められながら逃げようとする野良犬の前に、棍棒を持った男が立ちはだかった。
 男が棍棒を振り上げた。
「おい待て!」
 太い声が響き、動きが止まった。
「それはわたしの犬だ。その輪っかをゆるめてくれたまえ」
 そう言いながら近づいてきたのはさっきの中年男だった。
 かなり強く絞められていたようだ。捕獲棒のワイヤーから解放されたころには、息も絶え絶えになっていた。
 リーダーらしき男が中年男の前に進み出た。やりとりから、男たちが保健所の職員だとわかった。
「野犬を媒介した伝染病が流行ってましてね。飼ってるなら首輪とリードをつけてください」
 リーダーらしきはそう言ってから、部下らしき男たちに目配せをし、背を向け、歩き出した。部下らしき男たちが、あとに続いた。

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