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旋律 #2

 私たちが幼稚園に行くと、誰からともなく園庭に飛び出してきて貴方を囲んだ。アイカちゃんは強引にみんなを押しのけ、嬉しそうに貴方に抱き着く。そのとき、ちらっと隣の私に視線を流すのが、なんとなく嫌だった。
 それでも私が貴方と幼稚園に行くのを喜んだのは、去り際に、その指輪のいっぱいついた手で頭をなでてくれるからだった。指輪のごつごつとした感触さえも愛おしく、貴方のことがより一層大好きになった。
 そして何より、私が知る限り貴方は、私以外の子の頭を撫でなかった。なぜかは分からなかったけれど、自分は特別なのだと思えて嬉しかった。

 「ねえ、律ちゃん、ちょっとずるいと思うんだけど」
みんなが砂遊びをしている中、アイカちゃんは私を一人呼び出した。もっともらしく、わざわざ園舎の裏に。
「なにが」
彼女の腰に手を当てる仕草がなんとなく気に障り、分かりきっていることを聞いた。
 「蓮と一緒に幼稚園来たり、頭撫でてもらったり。ずるい、ずるいよ」
目に涙を浮かべるアイカちゃんは、悔しくも今思い出せば可愛かった。
「そんなこと言われても困るよ」
聞こえないように、小さく呟いた。
「とにかく、蓮とお似合いなのはアイカなんだから。蓮はアイカと結婚するの」
アイカちゃんは言ってやったと笑っていたけれど、私の頭は、砂場に残してきたお気に入りのスコップがとられてはいないかという心配でいっぱいだった。
 「そういうことだから」
アイカちゃんはフリルのついたスカートを揺らしながら駆けていった。

 「結婚…!」
改めて彼女の言葉のダメージを受けたのは、お弁当を食べているときだった。
 きっとあれが、初めて人を憎いと思った瞬間だった。周りが呆れるほど、のんびりとしていておおらかな子どもだった。そのせいで、要領の悪いことをしてしまうこともしょっちゅうだった。
 でもこの時、私は確かにアイカちゃんを憎んでいた。
 恋する乙女心というと聞こえはいいが、実際人を憎んで羨んで、愛する気持ちはもしかすると半分もないのかもしれない。と言っても、それはある程度成熟した人間の話だ。当時の私はまだまだ純粋だった。貴方を愛する気持ちだけでできていたといっても過言ではない。そう思っていた。

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